よこせ写真展です。
家族(妻、娘)と写真が大好きな28歳です。
この記事では、僕が写真を撮ることを大事にする理由について書いてみようと思います。
『大好きな祖母の死』
僕が写真を撮ることに力を入れるようになったのは平成29年の冬に大好きな祖母が亡くなったことが大きなきっかけとなりました。
僕の両親は共働きだったこともあり、小さい頃から祖母に可愛がって育ててもらいました。
いつも一緒にいて、隣でお菓子を食べ、隣でお昼寝して過ごした幼少期は大切な思い出です。
僕は大学進学を機に実家を離れ一人暮らしを始めました。
実家には帰ることなく、今の妻と平成29年の11月に入籍しました。付き合っている時に一度実家に連れて行きましたが、入籍して家族になった後に、改めて祖母に紹介したいと思っている矢先でした。
入院していた祖母の容態が急変し、天国へ旅立ってしまったのです。
入籍から約1週間後の出来事です。
仕事が忙しかった僕はすぐに実家に帰れない日が続き、祖母の葬式が終わったころやっと実家に帰ることができました。
人生で1番泣いた数日間でした。
その時驚いたのが、祖母が映った写真がほとんどなかったことです。遺影に使用した写真も30年以上前のもの。写真嫌いだったこともありますが、とてもショッキングで印象的な出来事でした。
『強い後悔』
僕は大学時代に自分のカメラを買いました。
でも写真を撮ったのはカメラを買って少しの期間で、上手く撮れなかったり、撮りに行く時間がなかったり、人を撮りたいけど、「撮らせて」って伝える勇気がなかったり。
いろんな理由をつけてせっかく買ったカメラは埃をかぶっていました。
カメラを持っていたのに、スマホでもよかったのに、大好きな人の写真を全然撮っていなかった。
とても強い後悔が残りました。
大好きな人が生きていた時間を切り取る。
大好きな人が存在していた証明。
命の有限さ、儚さ、短さ、終わりがくることを強く意識しましたし、いつ終わるかわからない人生だからこそ、大好きな人の生きていた証を「写真」で残したいと強く思いました。
僕はその日を境に、再びカメラを手に取り、写真を撮るようになりました。今では娘という最高の被写体にも恵まれましたので、時間を見つけては写真を撮っています。
もうあの後悔はしたくないんです。
僕は大切な人を撮り続けます。
大切な人の生きている瞬間を撮るために。
そして、僕が亡くなった時にどれだけ愛していたかが沢山の写真を通して伝わるように。


