検査を受けることより、その後の結果を知ること、現実、真実、自分の病状を知ることが、もぉ、この世の終わり。
5センチ以上しこり、若年性乳癌の人が長く生きれるはずない‥‥
恐怖でした。



深く考えてないつもりで、一日中ネットを見続けました。
自分と同じ症状の人のブログばかり探していました。
あたしと同じ病状の人がもしかしたら、奇跡的に今も元気になった人が居るかもしれないと、どこかで信じていた。
そんな人をずっと探していた。


『癌』やって、すでに分かってる。
それだけは、間違いない。



毎日、寝ようと思っても眠れない‥
明け方近くなると、ようやく眠るという日が続く。

そして、全ての検査が終わってからの日々は、朝起きる時いつも息が苦しくて、息が止まって苦しくなって助けて!
と、目覚める。
救急車を呼ぼうかと思ったが、治ったのでまた眠る。

そんな日がたった2日続いただけで、あたしは精神的にまいってしまっていたようです。その頃のあたしは、自分が精神的にまいってるとは思わず、思いつかず??異変は全て『癌』のせいとしか考えられず、ヘビースモーカーのあたしは、息が止まるのは肺への転移を疑いました。

検査結果、真実を知ることが怖くて怖くて仕方ないのに、精神的に、心が、まいってるなんて、これっぽちも思わず、あたしの左胸にできた5センチを越える巨大な癌は、どこまで飛んでるんだ??
肺も癌??
肝臓も癌??
骨も癌??
脳も癌??

胸以外どこに『癌』がいるのかしか、考えられませんでした。

検査終了して3日目の朝、また息が苦しくなり目覚める。
何度も息が止まっては、過呼吸のような感じになり、自分でもわけわからなくなり、
夫に、仕事途中で帰ってきてもらい、病院へ連れて行ってもらった。

夫が病院へ電話してくれ、すぐ病院へ行った。
乳腺外科の先生は水曜日しか居ないけど、他の外科医に診てもらうことに。

診察前にあたしは、
「ずっと息苦しいんです。」と、看護師さんに伝えると、指にクリップみたいなの挟まれた。
その数値は正常らしい‥。

そして、診察。
主治医と違って、とても、雰囲気も話し方、とても優しい先生でした。
そして、息が苦しいことを伝えました。

先生は、「MRIの結果出てるね。肺は大丈夫だよ。何も無いよ。」

あたし、「お酒もよく飲むから、肝臓かもしれません。」

先生、『肝臓も何も無いよ??』

あたし、『去年末、咳しただけで肋骨2本にヒビ入ったんです!!』

先生、『胸以外何も無いよ。気のせいだよ。精神的なものだよ。お守りがわりにお薬出しとくね。』と、とっても笑顔で言われた。

どうも、胸と脇以外、本当に何も無かったからか、先生はなんだか楽しそうに、にこにことあたしの質問全部に優しく答えてくれた。


「転移、無いんですね??」
と、夫が突然聞いてくれたのを覚えています。

「大丈夫ですよ。どの症状も精神的なものですよ。」と、先生が答えてくれた。

あたしは、でもでも、こんな症状もあるんですと何個も質問しましたが答え全部が、
「精神的なものです。気のせいですよ。」
でした。

そして、診察室を出たあたしは、急に恥ずかしくなりました。

あたしは、「何聞いても、精神的なもん、気のせいって言われて、何か恥かきにきたみたいやな。」と、夫に言った。

夫は『転移無いって言ってくれたやん。それだけでも、ホンマに良かった。』
笑顔と涙をこぼすまいと必死な涙目の混じりの表情をして言うてくれた。

夫は、あまり感情を出す人でも無いので、あたしが『癌』になってどう思っていたのか、よく分からなかったけど、その日は、とっても心配してるのが分かった。

町医者には、こんなになるまでほってたら、脳まで転移してるかもしれん!とか言われてたもんなぁ。

でも、夫は絶対にあたしには、『大丈夫や!』『絶対治すんや!!』
と、何回か言われた。
というか、それしか言わない。

あたしは、『何を根拠にそんな事言うねん。自分も調べてるんやったら、この後の事だいたい分かるやろ!』
と、腹が立ち八つ当たり。

漠然とした答えしか言わなかったのは、不器用な性格の夫の気づかい親切心??願い??ただ、あたしを不安にさす言葉だけは一切言わなかった。


自分だけが辛いんじゃないことがハッキリ分かった日だった。

そして、帰宅路で、夫があたしに言うた一言は、『もうネットとか見るのやめりな。』でした。


処方された『リーゼ』という薬をもらって
後で、精神科に通うことになって知ったことやけど、『リーゼ』という薬は、とても弱い薬らしい汗

その弱い薬で、検査結果を聞く日まで眠れたあたしでした。笑い泣き