3年前の3月11日午後2時46分。
忘れもしない東日本大震災が発生した日だ。
もう3年なのかまだ3年なのか?
被災した人それぞれ感じ方が違うと思う。
今でも震災当日の津波の様子などTVで見ると自然と涙が出てくる。
明日は様々な番組で特集を放送するだろうが見たいような、見たくないような
複雑な気持ちです。
自分も沿岸地区の人からしたら大した事は無いが、
当時、仙台で震災を経験し不自由な生活を余儀なくされた。
電気もガスも水道も出ない生活は現代人にとっては本当に苦痛でしかない。
たった今まで簡単に手に出来たものが突然、無くなる事なんて想像もしていなかった。
ガソリンなんて手に入らなくても平気。
車の燃料よりまずは自分達の生活を確保することの方が重要だった。
少ない食料品を購入するのに何時間も並び、給水車が来るとまたまた何時間も
並んでペットボトル数本の水を確保していた。
それでも雨風をしのげる家が残っていただけでも幸せだった。
知り合いの中には家を流され、家族と連絡が取れない人も居た。
原発も含めて帰りたくても帰れない人たちも知っている。
自分の生まれ育った場所に帰れない。というのはどういう気持ちななんだろう。
その場所が地図上から消えた訳ではない。
今でも存在しているのに帰れない事は誰が責任を取ってくれるのだろう・・・
仙台を離れて2年。
少しは沿岸地区の復興は進んだのだろうか・・・・・
話が逸れるが、自分は東京オリンピックには反対だった。
先のオリンピックでの日本人の活躍は自分を含めて多くに日本人に
笑顔をくれた事は間違い無いと思う。
しかも被災地出身のアスリートが活躍すれば地元は大いに盛り上がったと思う。
そういう意味ではスポーツは大切だが、まだ復興も終わっていないこの日本に
本当にオリンピックが必要なのだろうか?
7年後とはいえ、きっと復興は道半ばだと思う。
オリンピックで日本を元気にしよう。という考えもあるが、
何万、何十万人と言われる故郷に帰れない人たちの避難生活を
優先して改善する事の方が重要なのでは?
お金の出所が違うと言われればそれまでだが、そのお金を原発問題も
含めて復興に使えば少しは早く復興に近づく事が出来るのではないだろうか?
せめて、東北で復興の為に働いている人たちの労働力をオリンピックで
東京に引っ張ってくるのだけは止めて欲しい。
ブログでこの様な事は書かない方が良いのだろが、3月11日が近づくにつれて
色々な事をついつい考えてしまう。
まだまだ行方知らずの人たち、多くの自宅に帰れない人たちがいる事を
忘れてはいけない。
震災後の毎年3月11日は何処かで黙祷を捧げていた。
明日の2時46分には黙祷を捧げたいと思います。