クレバとは同年代なのですが、全くそう感じた事がありません・・・



作った曲を聴いても、インタビュー等の言動を聞いても・・・



わたし達の年代は音楽にしろお笑いにしろ徐々にジャンルの細分化が始まってはいましたが、今に比べればまだまだで、二十歳頃までは何百万枚も売れたCDもあったし、毎日のようにみんなで昨日見たTVの話が出来ていて、年が近ければある程度共通したものを見聞きしてきた意識があり、同世代の人の作る音楽、特に曲のアレンジに関しては共感することが多いのですが、



クレバにはそれを感じません。



全然同世代っぽくない。



もっと言えば日本人ぽくない。



特にトラック!!!\(゜□゜)/



洋楽っぽいという意味じゃなくて、作る曲の背景が見えないのです。



ご存知のとおりクレバは、楽曲制作のほとんど全てを自分でやってしまえるのですが、彼を構成する音楽的要素のうち(日本語として意味通じますか?)、プロデューサーとしてのクレバより、作詞家としてクレバより、ラッパーとしてのクレバより、トラックメイカーとしてのクレバの才能が突き抜けていると思います。



もちろん他の才能も素晴らしいと思います。プロデューサー・クレバの発想と思い切りの良い実行力、誰でもわかる言葉を誰とも違う形に組み替えてグルーヴとポップさを併せ持つ歌詞を作る作詞家クレバ、歌詞カード不要の口跡と、まさに「ラッパー」な揺れない打楽器的な声(タロウソウルのときに書いた歌手の声、ラッパーの声についての発想はクレバの歌声を聴いた時に思いつきました)。


世間的に見ても、この3点も好みは分かれてもクォリティーは、日本で絶対的ないちばんで無くても2番には落ちないと思います。



更に付け加えれば、外見を含めたエンターテイメント性(力?)も素晴らしすぎると思うのですが、今回はCDについてなので別の話で。





繰り返しになりますが、それらを全部差し置いてもトラックが素晴らしい。





とにかくシンプルで、使われている音の数が少ないのですが、その音のひとつひとつが曲とぴったりあっていて、ジャンルで言えば間違いなくヒップホップなんだろケド、それがたくさんの人に聴かれるのは、




例えがわかりづらいかも知れませんが、ジャンルっていうのが毛細血管みたいに枝分かれしているものだとして、分かれる一個前の分岐点ともつながれるものは「そのジャンルでしかないもの」より太く強靭で、細かいジャンルに分かれたあとのものを聴いてる人たちと前から聴いていた人たちのどっちにも聴く事が出来るものだって仮定すると、クレバのトラックはヒップホップであり、遡ってファンクでもあり、ミニマルミュージックでもあり・・・って、どんどんおおまかな分け方にまで遡って行ってジャンルに分かれる前の音楽まで辿り着くジャンルレスな強さみたいなものを持っている気がします。





トラックに限った事ではありませんが、特定のジャンルを代表し、愛するミュージシャンほど、(たぶん)なぜそれに自分が惹きつけられるのか?それに拒否反応を起こし嫌う人がいるのはなぜか、より多くの人たちに届くようにするにはどうすれば良いかというような事を突き詰めて考えて、そのジャンルをジャンル足らしめる最小単位の要素を自分なりに発見し、抽出して、結果として極端に個性的で自分の帰属するジャンル的且つジャンルレスな楽曲を作っていると思います。クレバもその1人ではないでしょうか?





・・・ここまでが自分なりのクレバ観なのですが、もの凄く長くなってしまった・・・(  ゚ ▽ ゚ ;)




で、やっと「よろしくお願いします」なのですが、買ってすぐはあまり聴けませんでした。とにかくラップが、特にクレバの声が切なすぎて聴いているのが辛かったです。前作「愛・自分博」でもそれを感じたのですが、より切なさが増したような気がしました。




曲の良し悪しとは関係なく、聴きたい曲は体調や気分に影響され、自分は切ない曲を聴きたい気分になることがなかなか無いので、つい先日になってやっとハマってきました。





いいけど、やっぱり切ない。曲はいつもどおり間違いなくヒップホップ。今までに無いオリジナル過ぎる音楽なのに、たぶん誰が聴いてもヒップホップ。凄すぎる!





何度も繰り返しになってしまいますが、このアルバムを聴いて改めて思った事は、クレバには全く罪は無いけれど、これだけ売れているのに彼のフォロワーらしき人が1人も現れないのは、作る曲があまりに個性的過ぎるせいなんだと思いました。リリースしてるペースを考えると日本人じゃないどころか宇宙人ですよ。





これからも、世代的、文化的な共通点を全く見つけられない曲を作り続けて欲しいです。





長々失礼いたしました。





では