こんばんは

アルケミー 松原です。




父の墓参りに行ってきました。

岡山の井原(いばら)市というところです。




お墓といっても、

菩提寺の敷地や霊園墓地にある

お墓ではありません。


山の中腹に、一族のお墓があるのです。


細かい住所番地がある訳ではないので

場所もはっきりとはわかりません。


父どころか、祖父の代には

岡山県を離れていましたから

父のお骨をお墓に納めた時と、

三十代の時に、

母の記憶を頼りに

一家でお参りしただけだったのです。



ずっと行けていない

山の中のお墓……。

一体どのようなことになっているか……ゲッソリ


鬱蒼と繁った木々の下で

苔むして朽ちかけたお墓を

想像していました。





ところが!


菩提寺のご住職に尋ねてみたら

ご住職は代替わりしていたのに、

うっすら記憶していた墓所を

探し出してくださったのです!

(1度確認にお墓まで

足を運んでくださったキラキラ)




しかも!


お墓は2度の墓参の時より

周囲の木々が整理され

お彼岸にお参りされた跡があったのです!


ご住職が調べてくださって、

父の遠い親戚筋の人が

お墓をきれいに手入れしてくれていると

判明しました。




その親戚筋、というのが

どういう関係だったかと言うと

私の曽祖父の父(つまり高祖父)の

姉の嫁ぎ先、という……


今となっては

他人ですよねびっくり!



現在、手入れしてくださっているのは

90歳近いおじいさん。


実はその人のお父さんが

「自分の代限りだけど」

と好意で手入れしてくださっていたのを、

今の人(しつこいようだが90近い)が

またまた好意で、

手入れを引き継いでくださっていたのです!




詳しく話を伺ったら、

私の曽祖父が一代で財を築いた際、

縁のある家に、

手に入れた一帯の土地を

分け与えたのだそう。



どうも曽祖父の行いを恩に思って

今に至るまで

手入れをしてくださっているようなのです。




曽祖父は偉い人で、

土地もお金も事業も遺したようだけど、

その長男である祖父が散々放蕩し、

父には何も残りませんでした。


「私たちには何の恩恵も残らなかったムカムカ

と、私や妹たちは

冗談半分本気半分で言っていました。



でも、曽祖父は

こんな佑けを遺してくれていたのです。




目に見える財だけが

遺されるものではなく


目に見えないものにこそ

なかなか気づかないだけで

私たちはこうして

佑けられているのかもしれません。




井原駅


金鴫寺前の平安時代の木彫仁王像