「子曰わく、巧言令色、鮮(すく)なし仁」
先生が言われた
「口ばかりうまく外見を飾る者には、ほとんど『仁』はないものだ」
見た目至上主義の現代においては「美人すぎる~」とか「イケメン~~」とか、容姿が良くて口先が巧みだったら、実力はさておき、とりあえずモテはやされる風潮があります。
そんな世の中だからこそ「巧言令色、鮮なし仁」と言う言葉はぐさっときます。
頭の回転が速く、派手なパフォーマンスができる人物がさも優れているかのように扱われていますが、それはあくまで人の価値のごく一部で、その刺激を人々が求めるのはほんのひと時です。
世阿弥は「風姿花伝」で若さによってあらわれる一時的な芸の面白さを「時分の花」とし、鍛錬と工夫のすえに生まれた芸の面白さを「まことの花」としました。
まことの花は生涯咲き続けることも可能です。
『巧言令色』ばかり追い求めてるうちは、到底達し得ない境地です。
まことの花とは、孔子で言うところの「仁」です。
仁とは思いやりの心です。人と誠実に関わり、慎みを忘れない生き方を仁として孔子は生涯を通じて実践してきました。孔子は仁徳を備えた人を仁者と呼び、目指すべき人格としました。