二通りの意味に取れるんですよ!
と文句言った子は、
次に二通りの意味に取れる言葉には、
逆の意味にとって、違います!
と言って来た。

このセリフのツッコミどころは、
その情報は元々前もって知らされる事なのに、
自分で情報を占有して、
更に、、、






長くなるので割愛。
情報の不備は日常茶飯事だから、
それは互いに干渉したくない事から生まれてて、
それが長く遊ぶコツなのよね。

ずーっと遊んでもいられない、らしいけど、
今年一杯は大丈夫そうや。じゃ来年なのか…。
アクションの度 挫けそうになるけど、
いっときの感情で止めるような事でもないじゃない?






そんなことはどうでもいい、とは言えないな、これは。
でも話を戻す。
「ヤバい」が二通りの意味になって久しいけど、
感情の高ぶりがあることは確かだ。
だから非難はしないけど、自分では使わない。

「ご苦労様」は上に立ってる者が下のものに労をねぎらうときに
使う言葉だけど、標準語では。
土地がら方言のように、「お疲れ様」と同様に使われるので
慣れるのに大変だ。
でも標準語的な使い方を知ってたら、使うのに躊躇う言葉だと、
慣れしたしんだ言葉を使わないように心がけるのもコストなので、
歳上の同僚に言われても許す。でも自分では使わない。






ダブルスタンダードなんて非難されてから、
ダブルスタンダードなことに一杯会ってきて、
二通りを使い分けることが非難されることにのみダブルスタンダード、
と使えばいい事が分かった。
だってダブルスタンダードを当てはめたら、
不自由な事この上ないよ。

という訳で、僕のやってるダブルスタンダードは、
教養のある事の自慢でもある。




「さわり」と言えば、エッセンスの事だけど、
物語の前提から導入など、少し触れる、部分を指す
使い方が一般的だ。

「役不足」はもっと責任のあるような仕事をしてもいい人が、
単純な労働させられてるというときに使うが、
役が重くてその人じゃこなせてない、なんてときに
使うと思ってる人もいる。

「確信犯」はイスラム国が古代オスマントルコを目指し、
様々な批判される活動をしている、ようなときに使うが、
罪と分かってて犯すこと全て、確信犯と思って使う人もいる。





もう一つだけ。
「気の置けない」人って、気遣いのいらない人の事だけど、
気遣いしなきゃいけない人に使う人もいる。

先日隣りに駐車してある車の持ち主を知ってたが、
家にtelしてて、本人が来たんだな。
でも二通りに取れる合図を無視して僕は行動した。
気の置けない相手になってた、それが心変わりの確認になったよ。

別に僕は二股したりする人間じゃないのよ。
だって気にいる主婦が別の人になっただけで、
天地がひっくり返っても結ばれる事がない、
相手をどう思ったって勝手でしょ。
行動に移さなきゃ。

で、天地がひっくり返ったって、って表現を気にするのは
sheこそ天地がひっくり返っても、って思ってんじゃないの?
と言いたくなる。
最近she、sheうるさいね、このブログは。




本題恋愛じゃないよ。
天地がひっくり返っても既婚者と結ばれないけど、
そのセリフを吐ける人って、僕に無関心って事だと思うの。
そのセリフが無関心だと証明してる気がしたんだ。
でも女心と秋の空、って言うから、肉食せな。

で本題は現代二通りの意味、それは正反対なことが多いけど、
間違ってる意味に使う人が増えてるから、
正しい意味で使う事で、教養のあることをみせるのが趣味。
ヤな趣味(笑)

でも、その使い方は間違ってる、なんて事は決して言わない。
僕は、ここまで書いといて、「全然」を肯定にも否定にも使うんだ。
それは元来否定と合わせて使う言葉だった、とみんな言うけど
中世に肯定にも使われてた言葉なんだ。

言葉なんて生き物で、意味が通じれば
間違いも正解もない。
ただ昔ながらの意味で使えば教養を見せれるし、
ヤバいはガキ過ぎて使わないだけ。

このブログで書いた事あるかな?
要は自分らの教わって来た事が正しいと皆思ってるだけ。
最近の若者には目をつむりなさい。
連絡なくても推測する習慣になったよ、僕は。

ただ二通りに推測できるのよねぇ(笑)