みなさんこんにちは。
なかなか忙しい毎日で書きたくても書けない笑い泣き


忙しいという事は充実してる毎日という事で良しとしよう笑い泣き



早く書かないと記憶も曖昧になってきちゃうアセアセ

多分すでに忘れてる事も多いと思われる。




前回の続き。


バリ島にいる時から帰国したら何処の病院に行けばいいのか友達に相談したりネットで調べまくりました病院



私は愛知出身なんだけど母親の出身が北海道で

私がバリにいる間に愛知を引き上げて北海道の祖母のところに引っ越していました。



なので私が愛知に戻っても住む所はなく、今回は北海道の祖母と母がいる所でお世話になる事になったんです。


寒いの嫌いな私がまさか北海道に住む事になるなんて夢にも思わなかったぜぇ笑い泣き笑い泣き笑い泣き



帰国したのは6月だったんだけどバリ島帰りの私にしてみたらめちゃ寒かったガーン


裏起毛のパーカー着てたんだけどね。


北海道民はノースリーブの人も見かけたよガーン




お婆ちゃんと会うのは多分10年以上ぶり!


なんと婆不幸な孫なんでしょうアセアセ



そんな婆ちゃんは89歳!!!

めちゃ元気で口煩くて今でもしょっ中口喧嘩してます爆笑



バリに住み出してから婆ちゃんが生きてる間に会いに行かなきゃな〜 なんて思ってたんだよね。


これも何かの虫の知らせってやつだったのかな!?




そんなこんなで狭い市営住宅で女三世代の同居が始まりました!!




落ちついて直ぐに札幌のがんセンターに行こうと決めてたんだけど、紹介状がないとダメという情報だったので近くにある勤医協病院でバリ島での経由を話し検査をしてもらいました。




結果が出るまで10日くらいだったかな?⇦既にうろ覚えアセアセ



結果は間違いなく子宮頸癌の2bでした。

直ぐにがんセンターに紹介状を書いてくれてその場で電話をしてくれて、運良くその日に診察の予約を取ってくださいましたお願い



うちから札幌まで高速バスで1時間くらいかかるのでその日に診てもらえるのは凄くありがたかったですグッ




勤医協病院での結果は分かってた事だから驚きはしなかったかど、やっぱりか〜 なんならステージもそれ以上でなかった事が救いでした。




中待合で待ってたら看護師さんがそっと寄り添ってくれて突然だったけど大丈夫?

って優しい言葉をかけてくれてその時急に涙が出たのを覚えています。





がんセンターまでは徒歩5分くらいの所病院


まさか自分ががんセンターに行く日が来るなんてね。って思ったけな〜



がんセンターの婦人科ではまた同じ検査をしたような。

後から思ったんだけど紹介状がなくてもお金を払えば診察してくれたみたい。


面倒くさい事せずに最初からがんセンターに行けば良かったアセアセ



確かまた結果が出るまで10日くらい待ってその間にも大量出血したり相変わらず下腹部は痛いし早く何とかしてくれ〜と思ってました。



結果が出て先生に説明を聞いて一番驚いたのは抗がん剤という言葉を聞いた時だな!



私はてっきり子宮を取れば済む事だと軽く考えてました。




なんと私の腫瘍は4㎝以上あるからまずは抗がん剤で小さくしてからじゃないと手術も出来ないらしい。


通常5㎝までなら手術が出来るんだけどギリ出来ないラインだったみたい。



しかもリンパ節転移もあるからどのみち抗がん剤は免れられないってさ滝汗



私の体そんな事になってたなんて、、、

健康優良児みたいな私が手術も抗がん剤もする事になるなんて、、、


自分が1番信じられなかったよね。



そこで第一回目の抗がん剤をする予定が決まったのでした。

先生は淡々と話を進めてくからね(笑)



私ももうこの痛みから解放されるなら早く治療をしてくれ〜って開き直りました笑い泣き




そういえば初CTやMRIも経験しました!

CTは3回くらいやったけど造影剤を入れた時のあのモヤモヤ〜としてカァ〜って熱くなるなんともイヤ〜な感じが未だに慣れないわ。


MRIはベッドホンをするんだけどそれでもピーピーだかビービーだか電子音が煩くてあれも慣れないわ。




第一回目の入院日が決まりとりあえずは一安心!

まだまだ戦いはこれからだけどね。



入院の少し前に愛知から母の友達夫婦が北海道に旅行に来るって事で私も母と一緒に便乗させてもらいましたキラキラ



せっかく北海道にいるんだからあちこち行きたいじゃん爆笑




行先は富良野。その時ちょうどラベンダー祭りの時期で綺麗だったよラブラブ















青池めちゃ綺麗だったよ





白髭の滝





入院前にいい思い出ができましたおねがい






時間がなくなったので続きはまた今度星