半年ぶりに合った姪ちゃん。
年齢は1.5歳くらい。

10語くらい言葉をしゃべれます。
「お母さん」、「お父さん」、「おばあちゃん」という人名。
「バナナ」、「トマト」といった、食べ物。
自分の名前も大丈夫。写真を見て映っているのが自分だとは分かるらしい。

お母さんの肩こりがひどくて、お父さんにマッサージしてもらっていました。振動がでる機械を使いました。
おばあちゃんが冗談半分に「見て、お母さんがいじめられているよ」と言いました。

そうしたら、血相を変えてお母さんに走り寄っていきました。
「大丈夫?」って喋ったんです。初めて聞く言葉でした。

これってすごいよね?
使える語彙が10語でも、相手の言うことはわかるんです。
「いじめ」って言葉がニュアンスだけでもわかるんです。

そして共感するんです。
すごくわずかな言葉しか使えないのに、母親の痛みを感じ想像し心配していてもたってもいられなくて駆けつけたんです。
「大丈夫」って初めての言葉が出てくるんです。

言葉より共感が先なんですよ。
これってすごいですよね。
嬉しくなってきませんか。

gaccoの講義を受け、レポートを回答した。
相互採点もした。
その際の疑問。


専門用語は使うべきか?

否が私の考え。

この問いの答えは「採点者がどのようなものを期待しているか」によると思う。

詳しい知識を持っている人が「俺をうならせるものを書け」、なら使うべきだろう。
このレポートを読んだ人みんなが理解できるものを、なら使わないべきだろう。

もちろん字数制限や、採点基準を満たさなくてはならないこともある。

と、問いの答えへのアプローチ方法を考えながら、全く違う基準で否と答えた自分がいる。

私は「みんなが理解」を目指している。
これは生活全般においてだ。(たとえば先日から始めたスピーチにおいて、また仕事で人と話す際において)

だからこういう場でも「みんなが理解」できるものを作るよう心掛けているのです。
武器が欲しいな。

と言っても剣を持ったり、銃を持ちたいということではありませんよ。

何というか、自分が献身でき、役に立ち、世の中を渡っていけるような能力が欲しいのです。

スポーツの能力とか、
ものすごく勉強ができるとか、
いつでも笑顔でいられるとか、
何かをとことん好きであるとか、

そう言うのも武器です。

そんなものがほしいなぁ。