奇跡の将軍・樋口季一郎。
杉原千畝のほかにもう一人、
ユダヤ人を救った男がいた。
最も優れた決断は、
ルールが生み出すものではない。
「心」が生み出すものである。
心は「人間」一人にひとつ用意されている。
組織にしたときに、
一人にひとつの心は
組織でひとつのものにしようとする。
しかし、それは心ではなくなる。
「ひとりにひとつ」
にしないと
心でありえない。
修身という言葉がある。
確か、孔子がといた言葉かと思う。
自分の身を正しくすることは
家族を整えることになり、
家族が整えば、
地域が整う。
地域が整うと、
国が平和で調和の取れたものになる。
つまり、
まず個人が自分を鍛え、
正しい行い、思いを持つこと。
それが基になり、
強く正しく平和な国ができる
というものだ。
「個人」を基にするということは
「心」を基にすることだ。
樋口季一郎の決断は、
(ユダヤ人解放)
(キスカ撤退・パーフェクトゲーム)
(対ソ抵抗)
「心」を基にした判断であるから、
正しかった。
先日の手塚の本にも書いてある。
「心無き科学は人を破滅に向かわせる」
心の成長を。
心の教育を。
心の豊かさを。
最後にひとつ付け加えると、
敗戦を経験した日本人の多くは、
自分の中にも生じた矛盾や、
自分の無力さや、
自分の中に確固として残った罪悪を、
背負う。
その解決することが無いかに見える
重苦しさが、
経済発展へつながる努力を生み出したと
後世の人は語ったが、
重苦しさを背負ったひとは、
経済発展など、
くそ食らえと
おもったのではないだろうか?
欲しかったのは、
重苦しさが
誰かのために
小さくてもいいので
「意味」を持ってくれて、
そして少しでもいいので、
自分の存在が
間違っていなかったと
誰かと分かち合えることではなかったろうか?
