オラクルカードの「オラクル」には「神託」という意味があるらしい。
古来、この国の人たちは暦に従って行動していた。
高校の古文の授業中に先生がしてくださった脱線話によれば、平安貴族たちは用事があるその場所の方向が「悪い」となると、行くのを断念したり、わざわざ遠回りまでしたという。
こうしたことを考えれば、このオラクル=神託カードは、そうした古の人々の血をひく僕たちとは極めて親和性が高い、と言えるのではないだろうか。
今でも「大安」「仏滅」を気にする人は多いし、僕も先日の漢方に係る修了認定試験の前には、筆記具を自宅の神棚にそなえたりしていた。
神託、といえばすこし大袈裟だけれど、それは、僕自身の捉え方としては、神様、あるいはいつも僕自身を守ってくださっている方と会話するための手段、というのが近いかもしれない。
もちろん、自分自身の決断や行動を、100%それに委ねはしない。
ただ、参考にはする。
あと、僕の場合は、それが自分自身の本心に気付くためのきっかけともなる。
たとえば、今は行動すべきか、静観すべきか。
心を決めることができず、カードに尋ねてみる。
「静観すべき」とカードが告げた瞬間、「ええっ」と思い、実は自分自身は「行動したい」と考えていて、その方向に向けて誰かに背中を押して欲しかっただけなのだ、と気付く。
で、僕は「行動する」ことを選ぶ。
「それじゃ、せっかくカードをひいた意味がないじゃないか」と思う人がおられるかもしれないが、おそらくそうではないのだ。
僕がそのカードをひくことで自身の本心に気付き、カードに逆らって行動を起こす、ということまでが、すでに織り込み済みなのだと、僕は考えている。
不意に転職を思い立ったというお話を、前回はさせていただいた。
それは7月14日の夜のことだった。
カレンダー上、その日は日曜日で、翌日の15日は海の日・祝日だった。
ネットに掲載されたエントリーシートを埋め、送信ボタンを押す。
と、10分もしないうちに、日曜の夜にもかかわらず、担当者を名乗る男性から、着電があった。
幸先のいいスタートだ。
その男性は「今日は日曜日、明日は祝日なので求人元に連絡を取れないが、休みが明けたらすぐにコンタクトをとり、結果を報告します」と僕に告げた。
僕は僕で、その求人元は以前に縁のあったところなのでよろしくお願いします、とお伝えした。
休み明け、滅多に姿を現すことのない、現職場のオーナーが薬局に来られた。
よい流れが来始めているのではないだろうか。
僕は「じっくりお話したいことがあるので、一度、面談の場を設けていただきたい」とオーナーにお願いした。
朝、家を出るときには、そんなこと、考えてもいなかったのだが。
ところが。
このオーナーは「じゃあ、今、ここで」とスタッフ全員がいる場で言うではないか。
その「察しの悪さ」に僕は思わずイラッときて、「今ではなく、あらためての場で」とお願いした。
だが、その一時間後、オーナーは「どうですか。手は空きましたか?ここで話を聞きますよ」と再度、スタッフ全員がいる場で僕に尋ねてくる。
「そうじゃ そうじゃな~い♪」と僕は心の中で舌打ちをし、予定している面接の結果はどうあれ、やはりこの薬局は辞めよう、と心を決めた。
察しの悪い愚鈍な経営者に使う余分な時間は、僕にはないのだ。
一方で。
なぜかエージェントの担当者から、一向に連絡がない。
ま、とりあえず一週間は待ってみよう。
その間に、現職場のオーナーとも話をする機会があるだろう。
もう、僕の心は決まっているが。
二週間が経過した。
連絡はなく、オーナーとの面談も実現していない。
エージェントは基本、人材を紹介し、採用が決まったら、その契約年俸の2~3割の手数料を求人元から報酬として受け取ることになっているのだという。
たとえば僕が採用され、年俸500万円で契約を結んだら、100~150万円がエージェントに転がり込んでくるわけだ。
ただ、通常、良心的なエージェントであれば、求職者の希望を細かく聞く。
希望年俸はもちろんのこと、たとえば土曜日は休みたい、とか、遅くとも18時には仕事を上がりたい、とか。
自宅から乗り換えなしで電車で1時間圏内のところがいい、とか。
僕だったら「JRの〇〇線は人身事故でしょっちゅう遅れたり止まったりするので、〇〇線の沿線だけはできれば避けたい」ということも希望項目に入れていた。
エージェントは自社の信用もかけて人材を紹介するわけだから、その分、細かな調整や擦り合わせが必要で、そのたいへんさを考えると「契約年俸の2~3割の手数料」も決して高くはないといえる。
だが、今回に関しては、僕の希望はこの求人元一択なのだ。
電話数本で面接の段取りさえつければ、エージェントにすればほぼ丸儲けの、おいしい案件であるはず。
あるいは「この求人はすでに募集を締め切っていました」という返事でもいいではないか。
ところが、待てど暮らせど、連絡がない。
この求人案件が掲載された、そもそものメールの送信元は、そこ自体がダイレクトに求人を取り扱うエージェントではなく、中小の複数のエージェントが取り扱う案件をとりまとめて紹介する、いわば中継点の会社なのだ。
そして、今回、僕が望む求人案件を実際に取り扱うエージェントの名称は、ホームページの末尾に小さく記載されていたのだが。
そのエージェント会社をネットで検索しても、まったくヒットしないのだ。
一件も。
ん?
こうした時こそ、オラクルカードの出番ではないだろうか。
ちょうど数カ月前、親しくさせていただいている先生がご自身で長い年月を費やし、完成させられたというカードが手元にある。
僕がはじめて所有することになったそのオラクルカードは、僕にいったい何を告げるのだろうか。
「渦」。
「ひとつの流れで進んできたあらゆる物事が極へ達しようとしています」。
僕はもともとのメールの送信元に、事情を説明するメールを送った。
これが7月31日のこと。
翌8月1日、エージェントからショートメッセージが届いた。
「お世話になっております。
ご連絡できておらず申し訳ございません。
いただいたメールアドレスにご連絡しておりましたが、確認したところ送信エラーとなっておりました。
〇〇薬局さまですが、現在はフルパートの募集のみでした。
遅くなり申し訳ございません。」
僕の返信。
「ご連絡いただき、ありがとうございます。
現在はフルパートの募集のみ、とのことでありますが、時給や週の労働時間等、募集要項につきましてご教示いただけましたらありがたく思います。
お手を煩わし申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願いいたします。」
エージェントからのメッセージ。
「承知いたしました!
条件確認のためにご連絡してみましたら、いい人であれば正社員でもパートでもとのことでしたので再度正社員の旨で確認しておりますので、改めて報告致します。」
僕。
「本当にありがとうございます。
数年前、ご縁をいただきながらも期限までに離職が叶わず、そのことがずっと心残りでありましたので、今回、採用が叶わなくとも、面接いただけることで、気持ちに区切りをつけることができます。」
その後、再び連絡は途絶える。
僕はオラクルカードに尋ねる。
カードの答は「光」。
「人間は完全体ではありませんが、あなたが光を放てば毒を有毒化させずに済みます。何はなくともご機嫌でいましょう。」
一週間待ったが連絡はない。
カードが示したのは「山」。
「今、あなたの中に熱いものがあります。けれどももう少しだけそこで準備をしてください。」
ん?
ちょっと流れが変わってきたような気配がする。
一週間後。
「死」。
「人生は長さより濃さです。あなたを制限してきた旧いあなたを自ら解放し、新しいあなたの始まりを味わってください。」
僕は再びショートメッセージを送った。
「お願いいたしております〇〇薬局様の件、どのような進捗状況でしょうか。
時間ばかりが経過しておる状況に、気を揉んでおります。
どうぞよろしくお願いいたします。」
これが8月14日。
15日にエージェントからの返信。
「〇〇薬局さんの件ですが、一度お会いした方と再度お会いするかを役員会でお話されているようでした。
いただいた話なのですが、電話番号を知ってるはずなので、個人的にご連絡頂けたらいいのに、と言われていましたので、直接ご連絡してみてもいいかと思います。」
ここへきて、随分と失礼な話ではないか。
つまり、「私は仲介する気はありませんので、それほど面接して欲しいのでしたら、あなたが自分で連絡を取ったらいいんじゃないですか」という意味なのだろうか?
僕の返信。
「本件に関しましては、エージェント様を介して知った求人案件でしたので、情報だけを取り込み、エージェント様を無視して、個人的に連絡をとるのはルール違反になるのではないかと遠慮いたしておりました。
直接連絡をとってもよろしいのでしたら、是非、そのようにさせていただきたく存じます。
ありがとうございます。」
で、僕は以前いただいた名刺を探し出したのだが、名刺には薬局の電話番号しか記載されていない。
裏面に手書きの携帯電話番号があったので、そちら宛てにショートメッセージを送信した。
お盆中のことだ。
直接の電話ではなく、まずはショートメッセージのほうがいいだろう。
その後、慌てたようにエージェントの担当者からショートメッセージが届く。
「上長にも確認致しますので、少しお待ち頂けますでしょうか。
宜しくお願い致します。」
8月15日。15時20分。
その後、今に至るまで、連絡はない。
数年前にお会いした、採用担当の方への直接のショートメッセージにも「既読」はつかないままだ。
はて?、と思った。
このようなズボラでいい加減なエージェントの担当者が、この世の中に本当に存在するとは、常識的に考えられないではないか。
だとすれば、彼は、僕という主人公を中心に形成される世界の中だけで、なにかの役割を果たすためだけに存在している登場人物のひとりなのだ、と考える方が、はるかに納得できる。
実在の人物であるとはとても考えられない。
実在するのなら、とうに誰かが制裁を与えているはずだろう。
おまけにこのネット社会において、そのエージェント会社の存在を、いくら検索しても、まったく確認できないという「不思議」もある。
一見、単純に思える今回の案件がこれほど難航するのには、なにか理由があるはずだ。
まず、考えられるのは、僕自身の思いの純度がまだまだ低いのかもしれない、ということ。
そしてもう一つは、やはり今は時期尚早で、もう少し待てば本来の「出会うべき縁」「結ばれるべき縁」が別に現れるのかもしれない、ということ。
カードに尋ねる。
現れたカードは「田園」。
「他者との協力やコミュニティへの参加のタイミングが来てるようですから、共に育む喜びを味わうために、力を抜いて一歩を踏み出してください。」
どうやら今、物事がそれほど困難を伴う難題でもないのに、まったく前進しないのは、僕の思いの純度の低さが原因ではなさそうだ。
とはいえ、今回の件をこのまま放置しておいてよいものか。
オーナーとの面談もまだ実現していない。
カードは告げる。
「道」。
「あなたの前に二つの道があります。あなたの魂はどちらの道かを既に知っています。」
そうなのだ。
少し前までの僕ならば、この信じられないくらいにいい加減なエージェントの担当者に心底腹を立て、憎み、なんらかの制裁を与えたいと息巻いていただろう。
だが、不思議とそのような腹立ちはなく、ま、言ってみれば今の僕の「眼中にはない」感じなのだ。
この間、僕がやってきたことは自分自身との対話であり、自分自身の思いの純度を確かめることだった。
そこに実際にあったのは、僕ただひとり。あるいはそこに加えるのであれば、いつも僕に寄り添い、見守り、導こうとする「なにか」という存在との対話。
エージェントの担当者は、名もない「通行人A」といった脇役に過ぎなかった。僕自身が台詞を言う、そのきっかけを与えるだけの役割の。
数年前のあの「出会い」がいかに僕にとっては大きく、そして相手にとってはとるに足りないものであったのかを、ようやく僕は悟ったし、これから先、なにか新たな役割を自分自身が得ることになろうとも、それで自らの自由を失ってしまっては何にもならないことを知った。
そしてたった今、ひいたカードは「感」。
「ふと過る直感と違和感は間違うことはありませんから、大切にしてください。」
きっとそうなのだと思う。
ようやく、腑に落とし込むことができた。