「禅のゴルフ」という書物をご存知でしょうか?
ボクは「禅のパッティング」も読みました。
今となっては、その効果があったかどうかは不明です。
どんな内容だったかも今は忘れてしまいました。![]()
さて、ゴルフがメンタルなスポーツであることはよく知られています。
打つ前にはグリーンセンターで十分と思いながら、いざ打つときになるとピンを狙ってしまう。
手前でよいと短めのクラブを持って、かえって力んでしまう。
いわる“欲”が出る。
真っすぐ飛ばしたい。芯に当てたい。遠くへ飛ばしたい、、、、、、。
打った後の悲惨な結果に猛省するが、また同じような間違いを繰り返す。
まあ、かの有名なボビー・ジョーンズでさえ、「私は球を打つときにあれこれ考えない、考えれば考えるほど悲惨なスイングとなる」と言っている。言っているということは経験があるということでしょう。
ここで話は少し飛躍します。
只管打坐(しかんたざ)
曹洞宗の開祖道元が勧めた修行の姿。
ただひたすらに座る。
その目的はと問われると、禅僧は答えて「無心無我無目的。(目的も何もない。無である。)」
道元曰く「坐禅の時は諸縁を放捨し、萬事を休息し、善悪を思わず、是非を関することなかれ。」
禅宗の教えは人の心は本来仏心である。
それが日々の欲や想いに揺れ動き汚れている。
水のように風に漂う雲のように。
善悪の判断もなく、快不快の感覚もなく、ただ単に座ること。
真っすぐも真芯もなく。
ただ単に球を打ち、転がす。
究極の奥儀は只管打球