父が、5月の下旬に突然亡くなってしまった。
5月の中旬、息が苦しいと母に訴え救急車で搬送され救命救急センターで治療を受け、その後順調に回復し一般病棟へ移りリハビリを始め、退院の目処も立ち安心していた矢先の事だった。
その日も、『また明日来るね』と言うと『楽しみに待ってる』と言ってくれた。
その夜、病院から『呼吸が止まりました』との連絡。
急いで病院へ駆け付けたが、息を引き取った後だった。
あまりにも突然過ぎて、いまだ実感がわかず、受け入れる事もできていない。
おそらく、家族より父本人が1番理解できていないと思う。
自分は幼い頃から霊感が強く今まで色々と見てきたが、なぜか父は見えない。
亡くなった2日後に読経をしていた際、白い魂のような光がふわふわしているのが見えたが、このような白い魂は亡くなる前に現れると聞いた事があるので、これが父なのかどうか確信できなかった。
今どこで何してるのか、全くわからない。
ただ、大好きだったコーラをお供えすると、缶コーラの飲み口にコーラが溜まっていて、飲んだ後の形跡は見られる。
神様にも仏様にも、人の天寿は変えられないと言う。
今回、確かにそれを痛感した。
自分は学生の頃から毎日朝晩、読経をする習慣があるのだが、必ず両親の健康と長生きを祈っていたし、頻繁に神社仏閣へ御参り行くのだが、その際にも必ず両親の健康と長生きを願い続けてきた。
また、信頼できるお寺の住職が毎朝夕行っている例時法要祈願に申し込み、息災延命祈願を長年依頼していた。
亡くなる当日も、お見舞いへ行く前に病院のすぐ近くの神社へ御参りに行き、絵馬を書いてきたばかりだった。
それでも、とても長生きしたとは言えない年齢で、この世を卒業した。
しかし、神様や仏様はご尽力くださったと思う。
なぜなら、母の誕生日と重ならないように、自分の誕生日が月命日とならないように、日にちを調整してくださったように思えるからだ。
生前、反発ばかりして沢山父を傷つけた。
恥ずかしさもあり、素直になれなかった。
直接『ありがとう』と言えたのは、亡くなった後だった。
『大好きだよ』と言えたのも、亡くなったこの日が初めてだった。
何ひとつ、親孝行できなかった。
今、自分にできる事は、死後の世界があると信じて、十三佛様の御加護の元、父が迷う事なく、居心地の良い場所へと導かれるよう、毎朝晩の読経の際に、祈る事だけだ。
これが少しでも、父がより良い場所へと導かれる手助けになればと思っている。
自分ができる親孝行は、もうそれ位しかない。
初七日は不動明王様が御本尊のお寺へ行き、読経の後ご真言を唱えた。
『のうまく さんまんだ ばざらだんせんだ まかろしゃだ そわたやうんたらた かんまん』
二七日(ふたなぬか)は、釈迦如来様が御本尊のお寺へ行き、読経の後にご真言を唱えた。
『のうまく さんまんだ ぼだなん はく』
そして、今日は三七日(みなぬか)。
文殊菩薩様が御本尊のお寺へ行き、読経の後ご真言を唱えた。
『おん あらはしゃ のう』
7日毎に父に良き審判がくだされて、居心地の良い世界へと誘われている事と思う。
以前、自分は大きな手術を受けた時に臨死体験をした事があるが、その時はこの世では経験した事がない程のとても気持ちが良い場所だった記憶がある。
今は、父がそのような場所に居る事を信じたい。
『全ては必然・必要・ベストのタイミングで起きている』、という『宇宙の法則』があると言う。
今までは、それを信じる事ができていた。
その時はとんだ災難だと思っていたような事も、今となってはそのおかげでこうなった、と思える事が多いからだ。
父が突然亡くなった事。
これも、ベストなタイミングでベストな事が起きている、と思えるのだろうか。
この法則を素直に受け入れられるかどうか、今はわからない。