ここのところ高校の生物について取り組む機会がある関係でわたしは日常的に生物の参考書に触れている。
高校の生物では細胞の構造について細かくやるんですよね。
(中学理科ではどんなだったか覚えてないけど)
1つの細胞が分裂するのにどんな工程を踏んで2つになるのかとか
1つの受精卵が分割していって多細胞になっていく様とか
そういうのを図で見ながら改めて、リブログした堀江さんがblogで書いてらしたように自分の体について思うのです。
生物の参考書をめくる度にわたしがわたしだと思っている全てを構成している細胞について思わされるし
呼吸をすると血液の中で酸素が赤血球に乗っかって全身を巡ることや
わたしが意識しなくてもアミノ酸は酵素によって分解されていること
DNAの二重らせんはアミノ酸を指定する塩基で出来ていて
複製するときは複数のアミノ酸が特定のタンパク質を指定するから必要なタンパク質が生成されて
腎臓では尿が作られ不要なモノが排泄されて必要な水分は再吸収されるようになっていて
更に人が住んでるこの地球は気温などで植生が限定されて、温暖化が進むと植生が変わっていき
・・・・
どれもこれも、わたしが、わたしたちが意識しないところで起きている。
そしてコントロールができない。
コントロール出来ないものでわたしたちは生かされていて、普段はそれゆえそれらが機能していることすら忘れてる。
そんな機能を備えられた集合体としての生き物のわたしとして、細胞たちを信頼しながら生きていくこと。その意識。
多細胞生物であるわたしたちはすでに1人であっても1人で生きていない。
そして1人の人間も大きな全体の一部として生きている。自分を大切にすること、への俯瞰的視点。
堀江さんの、いつも心をやさしく包んで滞ったもこを溶かしてくれるような文章がわたしは好き。