寝る前に、脚の浮腫を解消する為に
ほんの3分だけ脚を動かすことにした。


寝転がって、タイマー代わりに
3分程度の動画を見つけて再生して
ハイ、上げた脚をブラブラ〜〜


ブラブラしながら気づく。


わたしはどんだけ自分が好きなんだと。


浮腫み解消したいといって
脚をブラブラさせ、
少しでも楽しくエクササイズできるように
大好きな動画を選んで


身体を思い、見た目のスッキリさも狙い、
好きなパフォーマンスを見ながら、
わたしどんだけご機嫌取ってるのかしら?




加えて、よく色んな方のblogを
読ませて頂いていて、
更には私自身も読まれる側であって、


それってどんだけ自分を好きなんだろうと。


フィーリングの合うblogを読んでは、
自分のモヤモヤを解消したくて、
ホクホクするような情報を掴みたくて、
思わず笑いが込み上げるような
ウイットに富んだ文章に触れたくて、


どんだけ自分を喜ばせたいんだろう。


かと思えば
つらつらと自分の思うことを綴って見たり、
たまには誰かに有益かもしれない
なんて情報をアウトプットしてみたりもして、


どんだけ自分に構ってやってるんだろう。



気づけば全ての時間、
全部自分の為だけに動いているじゃないか。


仕事をする自分に付き合い、
入院中の家族の顔を見に行くように
自分を促し、
自分とより深く付き合う為に
書籍やSNSを読み漁り、
満員電車では内観に耽り、


全て全て、自分のため。


それって、わたしだけじゃなくて
みんなそう。


大好きな自分の人生を
目の前に現れてくる現実と呼ばれる
物理的な現象に対して
どんな関わり方をするか選び続けている。


誰かに微笑みかけたりしていることですら、
自分の選択に従っているだけなんだ。


自分の意識と無意識の間に育まれる
パートナーシップから知らされるのは
どんだけ自分が自分にとって
スペシャルで大好きかということ。


脚のブラブラが終わっても
そんな気づきを書くために
わたしは自分の欲求に付き合っている。
欲求を満たして上げたい、
もしくは解消して上げたいのだ。


真夜中に気づいたことは
そんなこと。


朝、目が覚めたら
わたしは何を思っているんだろう。


目が覚めたときのわたしに会いに行くために
さぁ、ベッドに入ろう。