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留学先から帰国し、就職活動をスタートさせた昨年。それまでに出会った先輩や、帰国後様々な機会に出会った先輩に言われたこと・・・それは、私はビジネスマンよりも研究者に向いているということ。殆ど全ての人が。でも、前の会社で同じく研修を受けていた仲間たちは、私にビジネスマンとしての最大級の評価を与えてくれた。しかし・・・それはやはり、ある種研修という”非ビジネス的”な環境の中であるからこそ、私が示すことのできた力であるからなのかもしれない。


ビジネスの世界では、私のような異端者が受け入れられることは少ない。世の中を旨く渡っていくことを知らないから。対人コミュニケーションよりも、物事についての洞察と分析力が評価される私。直球しか投げることのできないピッチャーのよう。私は結局、ビジネスの世界では生きていけない人間なのか。


極端に言うと、私は2つの顔を持っている。それは昔からわかっていた。普段は比較的静か。家の中で家族と一緒に居る時はもっと静か。でも、それが学校では別人の様に能動的だった。そのギャップが、中々理解されないこともある。いや、理解されることを拒否していたのかもしれない。だが、長く付き合ってくるとやっぱりわかってくる。自分という存在の二面性が。

自分がおかしいと思うことは言う。その発言が注目を集めれば集めるだけ、快感を味わうように。目立ちたいわけじゃない。おかしいと思っているのに、それを直していかないことは尚更おかしいではないかと思うから。たとえ相手に権力があろうとも、年齢的積み重ねがあろうとも、社会的地位があろうとも・・・私にとっては取るに足らない。判断されるべきは、発言をしている人ではなく、発言の内容であるべき。

とはいうものの、私は自分の自信のない分野については、本当に別人のように弱気になる。自信のある分野で私が放つオーラを知っている人たちにとっては、まるで別人のよう。やりたいことがあったら、どんなに大きなことでもためらわずに挑戦する。しかしそれ以外に、柔軟にあらゆることにモチベーションを発揮できるような器用な人間ではない。


「それは結局、相手の気持ちを考えることができないっていう事なんだと思う。」

10年ぶりに再会した嘗ての親友に、不意に言われた言葉が、今でも私の心に突き刺さって離れない。私が職場の上司とぶつかっている、職場でどうしようもない葛藤に襲われていると話した後のことだった。

だって、図星だった。

私が現場で働き始めてから、上司からよく言われること。固い、わがまま、個人主義、横柄、謙虚じゃない・・・人の気持ちがわからない・・・私って、こんな人間だっただろうか?


自分で自分が働きにくい職場を作り出していることを、どこかで気づいている。結局、どうやったって、自分が今携わっていることについて、興味をもって楽しく働きましょう・・・という気が起こってこない。自分の本当にやりたいことはここにないことはわかっているから。究極的に言えば、ビジネス行為自体に興味がないのだから。


こういうと言い訳がましく聞こえるかもしれない。

効率的に事務処理をする、お客様の為に身を粉にする、売り上げ目標に押しつぶされる、考える時間も与えられない、そして先輩や上司の言うことは絶対で反論すれば危険分子扱い・・・

これまで考えることで、自分の頭で考えて、理想なり現実なり考えてきたことをアウトプットすることで評価されてきた。自分のやりたいことに突き進む、溢れんばかりのモチベーションで評価されてきた。評価されるから、またがんばろうって思えてた。


今、仕事に対して何のモチベーションも感じない自分がそこにいる。

その瞬間、私の力は半分も発揮されていない。


久しぶりに会った、前の会社で私を最も評価してくれていた10年くらい上の先輩と食事をした後、別れてから送られてきたメール・・・「新しい会社に移って静かになった?持ち味を消している?」


私は自分らしく生きることができていない。