「社内コミュニケーション」というものが、今、ある種私にとって最大のテーマとして圧し掛かっている。「コミュニケーション能力」・・・と言ってしまえば、非常に単純なようにも聞こえるこの言葉。しかしこれは職場という環境において、非常に大きな意味を持っている。
採用面接の際に、よく企業が気にする点として、「コミュニケーション能力」というものがある。しかし、私に言わせて見れば、特に新卒に関しての、学生が持つコミュニケーション能力というものは非常に曲者だ。それはなぜかというと、私自身が今直面している問題だからだ。
学生時代のコミュニケーション、あるいはバイト生活、フリーター生活でのコミュニケーションというのは、非常にしがらみがなく自由だ。自分が好きな場所で働き、自分が好きな人と付き合い(少なくとも嫌いな人とは積極的に付き合わない)、必要があればその場を放棄することができる・・・それが社会人以前のコミュニケーション環境である。私はそんなコミュニケーション環境が非常に好きだった。そしてその中では、特に難なくやってきたつもりだった。だからこそ、採用面接で、コミュニケーション能力について疑問に思われることはなかった。
しかし、社会人としての、職場内でのコミュニケーションとは、そのようにはいかない。それはつまり、自分が苦手な人とも、職場環境や上司の要請によって協力関係を築き共に働かなければならないということだ。ここで重要になってくるのが、誰とでも仲良くなれる、誰とでもうまくやっていける、誰に対しても角を立てずにうまく立ち回れる能力だ。
この能力を備えている人は、世に言う”人懐っこい人”なのではないだろうか。腰が低く、気配りができ、素直で、元気が良く、面白いと同時に、プラスのオーラが出ている人・・・英語で言えば"Captivating"ですな。曲がり間違っても、こういったタイプではない私は、人懐っこいという形容詞からは遠く離れている。目線が高く、自信に溢れ、上司に噛み付き、自分の理論は正しいと思い疑わないが、真に尊敬できる人の話は真摯に聴き、素直ではなく、元気に溢れているというわけでもない・・・
”世の中をうまく渡っていくチカラ”というものが、日本という社会に存在する組織体で尊ばれるというのであれば、今の私にはそれが決定的に欠けている。そしてもっと悪いのは、そうした世渡り上手になろうとすることに対して、自分自身納得がいかず、嫌悪感を持っているという事実。
自分のスタイルを崩すのが怖いのかもしれない。
ようやく、目標としていた自分像に近づくことができたと思っていたのに、
それを壊さなければ生きていくことが苦痛になる・・・
自分の中にある高すぎるプライドが邪魔する。
でも、変わりたいと積極的に思えない。
だから、今がとても苦痛。
自分という存在に対して苦悩している。
採用面接の際に、よく企業が気にする点として、「コミュニケーション能力」というものがある。しかし、私に言わせて見れば、特に新卒に関しての、学生が持つコミュニケーション能力というものは非常に曲者だ。それはなぜかというと、私自身が今直面している問題だからだ。
学生時代のコミュニケーション、あるいはバイト生活、フリーター生活でのコミュニケーションというのは、非常にしがらみがなく自由だ。自分が好きな場所で働き、自分が好きな人と付き合い(少なくとも嫌いな人とは積極的に付き合わない)、必要があればその場を放棄することができる・・・それが社会人以前のコミュニケーション環境である。私はそんなコミュニケーション環境が非常に好きだった。そしてその中では、特に難なくやってきたつもりだった。だからこそ、採用面接で、コミュニケーション能力について疑問に思われることはなかった。
しかし、社会人としての、職場内でのコミュニケーションとは、そのようにはいかない。それはつまり、自分が苦手な人とも、職場環境や上司の要請によって協力関係を築き共に働かなければならないということだ。ここで重要になってくるのが、誰とでも仲良くなれる、誰とでもうまくやっていける、誰に対しても角を立てずにうまく立ち回れる能力だ。
この能力を備えている人は、世に言う”人懐っこい人”なのではないだろうか。腰が低く、気配りができ、素直で、元気が良く、面白いと同時に、プラスのオーラが出ている人・・・英語で言えば"Captivating"ですな。曲がり間違っても、こういったタイプではない私は、人懐っこいという形容詞からは遠く離れている。目線が高く、自信に溢れ、上司に噛み付き、自分の理論は正しいと思い疑わないが、真に尊敬できる人の話は真摯に聴き、素直ではなく、元気に溢れているというわけでもない・・・
”世の中をうまく渡っていくチカラ”というものが、日本という社会に存在する組織体で尊ばれるというのであれば、今の私にはそれが決定的に欠けている。そしてもっと悪いのは、そうした世渡り上手になろうとすることに対して、自分自身納得がいかず、嫌悪感を持っているという事実。
自分のスタイルを崩すのが怖いのかもしれない。
ようやく、目標としていた自分像に近づくことができたと思っていたのに、
それを壊さなければ生きていくことが苦痛になる・・・
自分の中にある高すぎるプライドが邪魔する。
でも、変わりたいと積極的に思えない。
だから、今がとても苦痛。
自分という存在に対して苦悩している。