デジャブ・・・かつてその存在を知ったとき、すごく落胆したことを覚えている。誰にでも経験があることと思うが、確かにその光景は夢の中で見たことがある・・・でも、そんな光景を目にしたとしても、やっぱり脳がどうにかしていて、その映像を私たちの頭の中に映し出している、かつて見たと感じさせているだけ・・・デジャブ。。。時に科学的な説明というのは、なんとも味気ないものである。
そんなデジャブを体験したのは、実は久しぶりに友人と会っていた時だった。
2月2日・・・いつもの金曜日。昼ごろにメールが。相手は語学学校時代の友達。昨年末に旧友たちと皆で会ったとき以来だ。なんとその夜ご飯でも久しぶりに行かないかとお誘いが。彼女の彼氏も来るだろう。軽く荒んでいた私の心には、なんとも言えない救いだった。もちろん、二つ返事でOK。渋谷で再会することに。
最近私は、一時期の絶望的な段階は脱したとはいえ、仕事にチカラが入らず、モチベーションがあがらず、職場にいることさえ非常にストレスだった。どうしようもないような感覚にさえ苛まれていた。きっと誰かに何か言って欲しかったのだと思う。何か自分を納得させてくれるようなことを、自分が素直にその言葉を受け入れられる存在から言われたかったのだと思う。
さて、デジャブの瞬間は最近”流行”だという、立ち飲み屋。こういうところには私は初めて入ったのだが、まぁ、欧米で言うバーみたいな感覚なのだと思う。立ち飲みだけに、なかなか落ち着いて飲めると言う感じではないが、こういう雰囲気はこれでありかなと思った。そう、デジャブの瞬間はそこで飲み始めた時。その飲み屋のこ内装、テーブルの感じ、そこに立っている2人の友達・・・このシチュエーション、確かに見たことがある。デジャブの瞬間にぞくぞくっと体の底から噴出してくるような感触を私は抑えることができなかった。
その日私はデジャブというジャブを打たれた訳だが、この2人の友達と話していて、すごくすっきりとした感覚に襲われた。社会の中で正社員として働いていくとはどういうことなのか、”高い”給料を貰うということはどういうことを意味するのか、合わないと思う人とも働かなければならないということによって得ることができるものは何なのか・・・逃げるな、逃げるな・・・直接そう言われた訳ではないが、私の心にはそう響いた。
私たちはともすると、現在の状況、日本社会の豊かさからくる現在置かれている状況を当たり前のことの様に考えようとする。無理もない。普通にこうして生活していれば、それはそうだろう。しかしい、ちょっと見方を変えてみれば、私たちが置かれている環境がいかに恵まれているかわかる。一方、私たちがあらゆるものに縛られながら生活しているという現実もある。私たちが自由を束縛されるということによって、生活の糧を得ることができる・・・
生きていくということは、見方を変えればなんと困難なことだろうか。
結局、パーフェクトな職場というものを探したら、そんなものは見つからないのかもしれない。どこかで何かを妥協しなければならない。ひとつのことが気に入らないからと言って、職を転々としていても、結局問題は解決されないのだろう。
わかっていた。わかっていたが、こういう風に言ってもらって私はすごく嬉しかった。職場の上司が同じことを言っても、きっと反発して素直に聞き入れることはなかっただろう。自分が嫌だと思うことでも、ここで耐えなければならない、どうにか切り抜けなければならない、なぜならば、その代償として生活の糧を与えられているのだから・・・
私たちは、豊かな時代に育って、ともすると一定の収入が入ってくることを当たり前のことのように感じてしまうことがある。しかし、それは虚像に過ぎない。社会で生きていくということ、それは想像以上に強いプレッシャーとストレスとの戦いであるのだ・・・
仕事の話の他にも、旅の話や日本の今後についての話もした。
こういう話ができて本当に面白かったし、良かった。
ちょっとチカラを貰った。
どこか、暗に言われているような気がした。
肩の力を抜けよ・・・そうすれば、社会はもっと明るく見えるかもしれないゾ
※その友人から紹介された朝倉さんというカリスマ営業の本を私も適当に見繕って買ってみた。↓

朝倉 千恵子
「きのうと違う自分」の育て方

朝倉 千恵子
1日1分!ビジネスパワー―本当の自分を200%発揮する「ABCD法則」
そんなデジャブを体験したのは、実は久しぶりに友人と会っていた時だった。
2月2日・・・いつもの金曜日。昼ごろにメールが。相手は語学学校時代の友達。昨年末に旧友たちと皆で会ったとき以来だ。なんとその夜ご飯でも久しぶりに行かないかとお誘いが。彼女の彼氏も来るだろう。軽く荒んでいた私の心には、なんとも言えない救いだった。もちろん、二つ返事でOK。渋谷で再会することに。
最近私は、一時期の絶望的な段階は脱したとはいえ、仕事にチカラが入らず、モチベーションがあがらず、職場にいることさえ非常にストレスだった。どうしようもないような感覚にさえ苛まれていた。きっと誰かに何か言って欲しかったのだと思う。何か自分を納得させてくれるようなことを、自分が素直にその言葉を受け入れられる存在から言われたかったのだと思う。
さて、デジャブの瞬間は最近”流行”だという、立ち飲み屋。こういうところには私は初めて入ったのだが、まぁ、欧米で言うバーみたいな感覚なのだと思う。立ち飲みだけに、なかなか落ち着いて飲めると言う感じではないが、こういう雰囲気はこれでありかなと思った。そう、デジャブの瞬間はそこで飲み始めた時。その飲み屋のこ内装、テーブルの感じ、そこに立っている2人の友達・・・このシチュエーション、確かに見たことがある。デジャブの瞬間にぞくぞくっと体の底から噴出してくるような感触を私は抑えることができなかった。
その日私はデジャブというジャブを打たれた訳だが、この2人の友達と話していて、すごくすっきりとした感覚に襲われた。社会の中で正社員として働いていくとはどういうことなのか、”高い”給料を貰うということはどういうことを意味するのか、合わないと思う人とも働かなければならないということによって得ることができるものは何なのか・・・逃げるな、逃げるな・・・直接そう言われた訳ではないが、私の心にはそう響いた。
私たちはともすると、現在の状況、日本社会の豊かさからくる現在置かれている状況を当たり前のことの様に考えようとする。無理もない。普通にこうして生活していれば、それはそうだろう。しかしい、ちょっと見方を変えてみれば、私たちが置かれている環境がいかに恵まれているかわかる。一方、私たちがあらゆるものに縛られながら生活しているという現実もある。私たちが自由を束縛されるということによって、生活の糧を得ることができる・・・
生きていくということは、見方を変えればなんと困難なことだろうか。
結局、パーフェクトな職場というものを探したら、そんなものは見つからないのかもしれない。どこかで何かを妥協しなければならない。ひとつのことが気に入らないからと言って、職を転々としていても、結局問題は解決されないのだろう。
わかっていた。わかっていたが、こういう風に言ってもらって私はすごく嬉しかった。職場の上司が同じことを言っても、きっと反発して素直に聞き入れることはなかっただろう。自分が嫌だと思うことでも、ここで耐えなければならない、どうにか切り抜けなければならない、なぜならば、その代償として生活の糧を与えられているのだから・・・
私たちは、豊かな時代に育って、ともすると一定の収入が入ってくることを当たり前のことのように感じてしまうことがある。しかし、それは虚像に過ぎない。社会で生きていくということ、それは想像以上に強いプレッシャーとストレスとの戦いであるのだ・・・
仕事の話の他にも、旅の話や日本の今後についての話もした。
こういう話ができて本当に面白かったし、良かった。
ちょっとチカラを貰った。
どこか、暗に言われているような気がした。
肩の力を抜けよ・・・そうすれば、社会はもっと明るく見えるかもしれないゾ
※その友人から紹介された朝倉さんというカリスマ営業の本を私も適当に見繕って買ってみた。↓

朝倉 千恵子
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