中国への初めての旅を終えて帰国した。帰りの飛行機が急病人の為に2時間も遅れてしまったが、無事に帰国。しかもマイル特典で今回はビジネスクラスでの帰国。初めてボーイング747の二階に入りました!そして、機内食で温かい食事を頂きました!もっと長い時間のフライトでこうした旅を経験してみたいものだ。9日間に及ぶ旅が終わりを告げた。私を迎えたのは周りを取り囲む日本語であり、寒い空気であり、そして散らかった部屋だった。中国での経験とは何を意味していたのだろうか。一言では言い表す事はできないが、この時期に中国を訪れることができて良かったと思っている。
中国については、これまでメディアや文献などで知りうる限り、個人的にはあまり好きになれない土地であった。私は諸葛孔明などの三国志や老子孔子などの思想に強い共感と影響を受けたタイプの人間ではない。どちらかというと、西洋文化に対するアタッチメントの方が強いし、そういう意味では今回の旅の動機はこれまでのそれに比べて、かなり薄いものであった。単純に上海にいる友達に会いたい、これまらますます発展するであろう中国を今見ておきたい、そういった想いがあった。本格的に中国を嫌いになる前に、どこか自分でその感情にブレーキを掛けたかったのである。
中国とは本当にすごいところだと私は思った。極めて個人主義であると同時に、グループを好み、騒々しくする事を好む。交通ルールの無さと、いろいろな面でのいい加減さには参ったが、それでもどこか憎めない一面がある、そんな国だった。そしてなんと言っても中国は食の国。食べ物については申し分のないところだった。そしてこの食べ物が、中国人の文化と密接に関わっているのだと深く実感したのであった。
旅をする時、例えそれが世界のどの地域であろうとも、その社会を見る際に重要なのはローカルな通りを歩いてみるということ。それが旅の本質であり、その社会を観察する大きな助けになる。そしてできたら他の旅行者や現地の人間と話し触れ合うということができたら、その旅はもっと面白いものになる。中国といっても首都と最大のコマーシャルセンターである都市にしか行ってないが、この国の急速な繁栄の陰で、未だ困窮に喘ぐ多くの人達が大勢いるという事実、その避けられない現実は、こうしたストリートウォッチングでしか触れることができない。
ただ、上海や北京のストリートで見た(それぞれに違った趣を持っている)世界は、あの高層ビルとは無縁の世界ではあるが、そこに住む人々は生き生きとしていた。確かに、どこか寂しげな、影を潜めた住人の表情というのは忘れる事ができないが、それでもそこには生の生活があり、人の息遣いが聞こえてきた。何を持って幸せと定義するのか、それは非常に難しいということが、机上の議論ではなく感情として感じることができたことは大きかった。
私には、政治を学んだものとしてナイーブと思われるかもしれないが、町の中に残る貧困と影のようなものを、外国の人間が入っていってCommunity Developmentの名の下に”開発・啓蒙”していくことに漠然とした疑問を感じる。"Us"と"Them"・・・私たち外者は、良い意味でも悪い意味でも外者でしか足りえないのだ。将来のキャリア形成への大きなヒントがこの旅には隠されていたような気がする。
<携帯電話>
携帯というのは、えてしてエグイ代物である。その即効性から、非常にリアルにあらゆることが見えてくる、そんな道具だ。そこからは生身の人間の息遣いが聞こえてくる・・・諸刃の剣。また、この日々が始まった。気付かずにいればそれでいいのに、気付かないではいられない。携帯がならなかった中国での日々が既に懐かしい。
日本に帰ってきたその日から、避けられない現実に引き戻されたような感覚に陥るのは、留学していた時代となんら変わりは無い。
とにかく、今回は非常に収穫が多く、楽しめた旅立った。