企業の配属決定というのは、そのに必ず泣き笑いがある。これはホテルでバイトをしていたころから感じてきたことだが、時として企業というのものは個人の意志とは関係なく、組織の論理で人員を配置していく。それが吉と出るか、凶とでるかは人によって様々だ。そしてそんな恒例のドラマが、また私たちの会社でも見られたのだった。







<地方赴任>



地方に飛ばされるといっても、研修中にも訪れた場所というのはまた格別な感がある。僻地も僻地なのだから・・・彼らにとって新入社員研修は1年間続く。その後、配属先の首都圏へ戻ってくるということになっているはずだ。それでもやはり、折角東京に就職が決まっていた矢先、心の準備も出来ぬまま地方行きを告げられた同僚達は悲しみにくれていた。



打ち上げの飲み会で涙する者もいた。その涙が酒によるものなのか、それともそんなこととは関係なく溢れ出てきたものなのか、その真意を測る事はできなかった。1年しっかり頑張って戻って来いと声を掛けても、それはどんな慰めの言葉でも拭い去れないくらいに、彼らには現実として田舎での暮らしというものが圧し掛かっているのだった。





<SE→営業>



スキルの面からも、性格上も、明らかにSE向きという同僚が営業に回される事になった。これは何かのメッセージなのか・・・それとも単に人事が馬鹿なのか。現段階で他を圧倒するだけのスキルを持つ人間を、わざわざ営業に回すというのはどうも解釈に苦しむ。しかし、しかしだ、私はこれらの同僚達のうちの1人とは仲が良いので感じるのだが、彼はむしろ営業という畑を経験する方があっているのかも、と思うのだ。



これからの時代、営業・SEの垣根はどんどん取り払われていくことだろう。またこれらの職種の人間に、さらにコンサルティング能力が求められる時代がやってくるだろう。いや、外資などはそこら辺は先行し時代をリードしている。多種多様な能力が問われる事になる。技術を覚えることが好きで、探究心がある、そんな人は誰が何かを支持しなくても自分で必要に応じて勉強するだろう。しかし営業でない人間が、営業の勉強をしようとしたところで、実体験として習得することはなかなか難しいだろう。



将来のキャリアも視野に入れ、そこに辿り着くまでにどうやって人生を歩んでいったら良いのか。簡単に答えは出ない。しかしその中で、何かの縁で、巡り会わせで、偶然自分の前に降ってくるものというのはある。言うまでも無く、冷静に考えて降ってきたものを掴み取るか、スルーするかは本人次第なのである。ピンチの時には必ずチャンスの芽はある。先のヴィジョンをしっかり見つめて、それだけぶらさずに生きていけばかならず道は開けるのではないか。妥協せず、ぶれず、腐らず、頑張って欲しいものだ。





<希望叶う?>



興味深かったのは、この3番目のケース。この同僚は元々私と同じ部署に配属される予定だった。しかし彼に下った辞令はまったく別のものだった。それはなんと、彼が採用面接の時に一度否定された職だったのだ。この同僚は拒否された時、諦めて違う場所で活躍できるようにと気持ちを切り替えていた。そしてそれをずっと保ち続けてきた矢先の辞令発表。その気持ちを元に戻すのは容易ではなかっただろう。ずっと苦虫を噛み潰したような顔をしているのを見ていて、私は胸が痛くなった。









そんな私は、プロダクト部門といって我が社の物造りの根幹を支える部署に回される。そこで工場などの連携をとりながら、事業計画を立てていくという部署に配属になった。。。はず?である。というのも、まだまだ仕事の内容がよめない為、なんとも言えない状況にあるのは確かである。この仕事が自分に本当にあっているのか、その仕事にやりがいを感じることができるのか、そしてその仕事を面白いと思うことができるのか。。。それについて、確信めいたものは何一つ言う事はできない。



学生時代は、多くの人から「君は学者かジャーナリスト(非ビジネス)に向いている」と言われ続けてきた。しかし今の会社に入ってからは「君はビジネス(経営)に向いている」と言われ続けている。そして極めつけに先輩から、「組織というものに入って生きていくよりも、その殻を破った方が活躍できるのかもしれない」と独立のススメを説かれた・・・私にとって、それが本当の自分なのかわからない。将来ヤリタイこと、なりたい自分、進みたい方向というのは、実はいくつかある。しかしそれが本当に自分にとって適職なのか、それが自分の力を最大限に発揮する事ができるのか、そこら辺に確信が無い。未だ自分でも気付いていないようなものが、自分の活躍の場だったりもするのかもしれない。



この答えを出す為には、とにかく今を生きてみるしかないのだと思っている。色んな人に触れ、色んな経験をし、そんな日々の中で見えてくるものもあるのではないだろうか。







私の社会人生活は、ようやくスタートラインが見えてきた。