Day 1 @Beijing





朝6時頃うちを出るが、予定していた成田エクスプレスに乗り遅れ、1つ遅い便で空港へ向かうことになる(これでプラス1600円位取られました・・・恐るべし、JR)。アメリカ留学前に申請した私のパスポートは今年の1月で切れてしまったので、今回の旅行は新しく申請したパスポートでいくことに。



前日から関東に接近していた低気圧のせいで非常に強い風と雨に東京は見舞われていた。行きの飛行機は必ず揺れるだろう・・・しかも搭乗した飛行機でも、スッチーは揺れると言っている・・・Oh, no!!!が、結局は大した揺れは無かった。飛行機に乗り込む時にタラップにがんがん吹き付けてきていたあの風はどうなったというのだろうか?とにかく、楽しんで北京までのフライトを楽しむ事ができそうだ。





久しぶりの飛行機。私は飛行機が好きだ。離着陸時、旋回時が特に気持ちがいい。また雲の上から見る景色は格別だ。それは空いるものにしか許されない特別なものだ。飛行を進めていくうちに眼下に臨むユーラシア大陸・・・韓国・中国の大地は私たちに何を語っているのだろうか。飛行機は快調に飛行を進める。



今回使用した空港会社はANA。私は昔からのANAファンである。渡米時に使用したアメリカン航空がいやだった為、やはり日系だろう!と選んだのがこの会社。子供の頃に買ってもらった飛行機の模型はANA。(ちなみに、兄は日航のものをもっていたかな・・・)私はあの澄み渡るような青い色の機体が好きだったのだ。単にそれだけの理由。大人になって実際にANAを使用してからは、そのサービスの質の高さには満足している。アメリカ系とは大違い。





<Beijing>



と、4時間掛けて北京首都空港に着陸、入国審査へ。空港はどでかいものの、なぜか閑散としているのはどうしたことか。入国管理官は極めて無表情。一言も言葉を発しない。アメリカの管理官とは大きな違いだ。(彼らの場合はふてぶてし過ぎるという声もあるが・・・)無言で行われた審査にパスし、北京市内へ!ホステルの予約案内に書いてあるようにホステルを目指す。空港バスに乗り、市内バスに乗り換え、それから歩くという手筈・・・が、これがなかなかうまくいかなかった。



空港バスでは、英語を話そうという気のが0%の係員から舌打ちされながらどうにかチケットを買い、“ダウンタウン”まで出る事ができた。しかし問題はそれからだった。指定されたバスに乗って、そこから6番目の停留所で下りて、少し歩いたところにある”Dairy Queen”の看板を見つけろとのこと。これが難しかった。バスを降りて歩いてはみたが見つからず、途方にくれてしまった。やむなくタクシーを使おうとしても、止まるタクシー止まるタクシーすべて”何言ってるかわからないし、英語で書かれた住所見せられてもわかるわけないだろ“ばりに断られた。ホステルに電話をかけようにも、すべての公衆電話がテレホンカード専用で、そのテレホンカードがなかなか売っていないために使うことが出来ない・・・ここは中国・・・自分でどうにかするしかないでしょ。





とにかく繁華街に出る為に、もう一度乗ってきたバスの逆側のものに乗る。(繁華街に出れば地下鉄のサインがあったので、それに乗って行けるだろう。地下鉄の駅からホステルの道順も書いてあったからだ)繁華街に出て歩き始めると地図がある。それを見て現在地を確認していると、おばちゃんが話しかけてきてくれて、助けてくれる。完璧に中国語しか話していないが、ナイスおばちゃん!地図上で、大体ここら辺だよと教えてくれる。(ただ、この時点ではわからなかったが、後から、本当に彼女の言っていたことが正確だったと気がつく。)



が、結局地下鉄を探し当てて乗ることにする。地下鉄の表記は、全てに英語で読み仮名が振ってある。これがこれが無いと何を言っているのかわからなかったので、かなり助かる。そこからが本領発揮で、目的地を割り出すと、今度はその漢字を割り出してそれを紙に書く。チケットカウンターに、ここに行きたいんだと力説してチケットをゲットする。(と言っても、フラットレートだと後で気づくのだが・・・)これで漢字が出来なかったら、綺麗な発音が出来ない限り終わりだろう。。。漢字万歳。



そして何とか目的地に着く。そして歩いていると、なんか見たことのある景色が・・・そうなのだ、そこにはさっき、最初の段階でバスで到着していたところだったのだ!!Oh no! ということで、振り出しに戻る。せっせとDQの看板を探す。歩いていると吉野家が目に入り、なんだ、また吉野家かとふて腐れていると、その横に不意にDQの文字が見えるではないか!!おぉ!これか!!そうだったのだ、Dairy Queenとは、ホットドックなどを売っているアメリカ系?のファストフード店だったのだ。



ようやくホステルに辿り着きチェックインを済ませて一日が終了。ルームメイトのアメリカ人と食事をし、早々に寝る。







Something About China



<中国のバス事情>



中国のバスは、各駅停車である。それぞれのバスに、若いにいちゃんが乗っていて、大声を上げながらチケット販売の管理をする。後ろのドアは彼らの手によって開閉される。(このシステムは、チケット売りがおばちゃんか兄ちゃんかの違いはあるが、タイのそれに良く似ている。)最初、奴らがどなっているので、なんだ怒っているのか?と思っていたが、そうではないらしく、意外に優しかった。チケットを買うときに、2元だと思って2元出したところ、1元で良いよと返してくれた。ただ基本は無愛想。





<盲人>



これについては写真なども入れて改めて述べたいが、中国の都市部ではこうした盲人と呼ばれる人達が多くいると言われている。ズタ袋を抱えて、汚いスーツみたいな服を着て町を徘徊している人達である。彼らは廃品回収をしたり、短期の仕事をしたり、物乞いをしたり、音楽を引いたり・・・それぞれの方法でどうにか生活している。そう、彼らは農村部から出てきた出稼ぎ労働者なのだ。



しかも中国の一人っ子政策の中で、多くが戸籍にも登録されておらず、”suppose not to exist”な人達なのだ。中国の発展の中で、悲しい現実を一身に背負っている人達なのだ。彼らは汚い身なりをしていることから、バスの乗車を断られる事もあるらしい。普通の中国人でもあまり関わりを持ちたくないといった感じでみなされている、社会からはじかれた人達だ。しかし、こうした労働者たちが、都市部の経済発展を支えていることは疑いようの無い事実なようだ。





<英語環境>



言うまでも無く、英語はまったくと言って良いほど通じない。観光地に至ってもそうなのだから参る。博物館の警備員の若い兄ちゃんが軽く話せた程度か。そんな環境の中で、私が編み出した技はやはり漢字を使ったものだ。とりあえず、読み書きが出来そうな人に対しては、漢字を使って紙に書き出し、こちらの言いたい事を伝える。レストランなんかではこれしかない。苦肉の策だ。皆私を中国人だと思って話してくるから手に負えない。ただ気をつけなければならないのは、やはり途上国なので識字率が日本の様に100%に近いというわけではない、という点だろう。もっとも、都市部の人間についてはかなり高いとは思うが、一応、全ての人に漢字で対応というのは無理があるような気もする。何れにしても、漢字で書いてある事で最低意味が掴めたり、伝えられたりする事ができるというのはかなり助かる。





<街角で>



中国人とは本当に様々だ。綺麗にしている人もいれば、辺り構わず汚くしている人も多い。総じて女の子は綺麗にしているし、かわいい。が、何も気にしない男も多い。吉野家やスターバックス、ハーゲンダッツ、マクドナルドなどの外資の店にも多くの人が入る。しかしここは中国。Generalizationは危険である。ホステルの近くではばあちゃんがじいさんの頭を陶器?(最初はビール瓶かと思った。恐らく盲人の夫婦だろう)で殴っていた。日本の戦後を思わせるように、すすだらけの汚い顔をして廃品回収をするのは当たり前。その通りでは「ぶしゅ、ぶしゅ」と鼻の片方を塞いで勢い良く鼻水を道路に捨てるオヤジ達、所構わず痰を吐き捨てるオヤジ達を見かける。ある本で、実は中国は“非常に個人主義”な国だと論じていたが、まさにそうで、そこに公の精神などというものはない。言葉は悪いが「民度が低い」とある政治家が評したのは近からず遠からずというところだ。自己中であり、恥じらいの精神は感じられず、慎ましやかなどというものは微塵も見られない。







写真は北京っ子に大人気のお菓子。しょっぱくて美味しいです!