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東大「Twitterサークル」研究会のブログ

東大でTwitterサークルの研究をしています。Twitterサークルのさらなる発展のために、分析と研究を行います。Twitterサークル運営者向けのマニュアルの作成を目標にしています。

5.交流サークル性
概要:
交流サークルの目的は、新しい人と出会い仲良くなること、今いるメンバーと交流を深めることである。『出会いサー』などと揶揄されることもあるが、別に異性との交流に限定されているわけではない。
寂しさの解消や、コミュニケーション能力の向上などを求めてやってくる場合もある。

具体例:
・頻繁に交流会や定例会を開く。
・新しい人が参加しやすい会を多く設けている。新規メンバーをいつでも募集している。
・Twitter上でメンバー間の交流を促進する仕組みがある。
・Twitter上にメンバーのリストがある。
・内容自体は重要ではなく、「メンバー同士がつながること」に重点がおかれている活動

メリット:

ネタサークル活動
・「活動」(例:道路にコタツを置く、キャンパスの建物を押して駅に近づけようとする 等)の参加者が増えるほど、ネタの話題性が高まる。
・色んな人が増えると、ネタとして使える情報や経験が増える。

思想サークル活動
・「空気」の強化、伝播:実際に人と交流することで、自分達の考え方について詳細に語ることができ、理念の伝播が強まる。また、実際に会って同じ考え方を共有しながらワイワイと話すと、なんとなく相手の考え方に染まるようになる。
・アウトプット:理念に沿った言動(ぼっち肯定など)を取ることで、自己一貫性を保とうとする心の働きにより、自己啓発の効果が高まる。
・「仲間」作り:自分の考え方を支持してくれる仲間を触れ合うことで、自分の考え方(理念に沿った考え方)に自信が持てるようになるorバランスが取れるようになる。
・自意識過剰を緩和:自分とは異なる考え方の人、自分よりも酷い(?)欠点を持つ人と会うことで、「今の私のままでもいっか」と自分に対して寛容になれる。
・認知行動療法的効果:様々な特徴を持つ人と会うことで、視野が広がり、凝り固まった思考(思い込み、自動思考)を緩和することができる。

運営
・「交流」が参加者を集めるための大きな目玉になる:Twitterサークルの活動に参加してみようと思った動機を尋ねてみると、ほとんどの人は「そこにいる人に興味があった」「○○さんに会ってみたかった」などと答える。
・団体間の交流:他の団体の人と交流が深まり、運営手法を学ぶ場にもなっている。また、団体同士の協力関係ができると、他の団体のフォロワーから人が流れてくることが頻繁に起こる。
・運営者集め:交流会は、運営に携わってくれるメンバーを見つけるためのもっとも有効な場所である。

デメリット:
・『出会いサー』と揶揄される原因になる。
・一部の人間同士だけが仲良くなることによって、内輪感が増し、新規メンバーが参加しにくくなる。
・運営権が一部の人間に集中し、あまり参加しないメンバーが疎外感を感じたり、コミットメントが下がったりする原因になる。
・人間関係のドロドロした部分が生まれる原因になる。
・団体の運営者自身が疎外感を覚え、団体が解散する原因になる。
(・そもそも、交流会が継続的に成功するサークルの例が少ない。ほとんどの場合、人が集まらない、集まっても何を話していいか分からない、共通の話題が無い、集まってみたけど思ったより参加者の種類が多様でウマが合わない、などの理由により、交流会は続かなくなる。)

説明
 Twitterサークルの中でも一番有名なのは、「ぼっちサークル」と呼ばれる一群である。Twitterサークル運動が広がった原因を作ったのは「ぼっちサークル」だったし、最も数が多いTwitterサークルも「ぼっちサークル」だ。Twitterサークルは、元々「ぼっち」たちが、自分達の生きづらさを解決しようとして始まったものであることを考えれば、「交流サークル性」はTwitterサークルの原点であるとも言えるだろう。「ぼっち」でも入れる「交流サークル」を実現するために、「思想サークル性」「ネタサークル性」「地域性」「開放性」が次々に付加されていったのだと考えると分かりやすい。
 
 一般的に、Twitter上で「ぼっち」を自称する人の多くは、合コンや異性同士の交遊、サッカー部やダンス部などのスクールカーストで上層に居そうな人々、飲み会や私立のインカレサークルなど、「キラキラしたもの」を嫌う傾向がある。というよりも、自分が「そういうもの」と同列に見られるのを嫌がる傾向がある。
やや乱暴な意見ではあるが、積極的に他者の考え方に合わせたり、周囲の空気を必死に読んだり、集団に迎合したりする生き方を嫌悪してきたからこそ、今「ぼっち」になっている人が多いのではないか。学科やクラスの「交流会」にホイホイと参加して、近くの席の人と仲良くなれるようなメンタルの持ち主なら、自分が「ぼっち」であることに悩んだりはしないだろう。

 「ぼっち」が求めていた交流会は、普通の『出会いサー』ではないのである。
 むしろ、『出会いサー』のキラキラした感じを徹底的に排除しつつ、「交流会」を行えるサークルを求めていたのだ。徹底的に『やさしい関係』を維持したまま、それでも他人とつながれるような「交流会」が「ぼっち」の求めるものだった。
 「キラキラしない交流サークル」という矛盾を解消するために必要だったのが、「思想サークル性」や「ネタサークル性」、「開放性」などの要素である。詳しくは『<コミュ障>、<やさしさ関係>、<コミュニティ弱者> 1~4』で解説しているが、「思想サークル性」や「ネタサークル性」などにより、コミュニティ内の「空気」を操作することで、キラキラしない交流サークルを作り出すことに成功した。
 
 Twitterサークルが継続的に活動できるかどうかは、(当然ではあるが)交流会や定例会を開いた時にちゃんと人が集まるかどうかが指標になる。交流会や定例会に人が集まるサークルは長続きするが、そういったサークルは少ない。
 一番の原因は、実際に集まったところで、「やること」がないことだ。サッカー部だったらサッカーをやればいいし、歴史研究会だったら歴史の話でもすればいい。だが、「ぼっち」という共通点だけで集まった場合、集まった後にみんなでやれることがない。
改善のためには、手当たり次第に交流会に人を集めるのではなく、ある程度参加者にフィルターをかけ、似通った興味や特徴を持つ人だけが参加できるように限定しておくことが必要だ。「思想サークル性」においてどのような理念を掲げるかを変えることで、入ってくる人の方向性をある程度限定することができる。