東京電力が「悪魔」と呼ばれて一年
東北で地獄のような地震が起きてから
一年が経った。
そしてそれは、東京電力という一企業が、被災者のみならず全国の国民から
「悪魔の企業」というレッテルを貼られてから一年が経ったということ。
今までは、半官半民で大企業で独占企業で安定企業で
国民の生活に、日本という国の維持に必要な役割を担っていた会社だった。
田舎に住む学生が、公務員のように就職を希望する
胸を張れる企業だった。
官僚や政界などと癒着していた経営者は別として
一般に入社した若者や中堅社員は
国民に一定の安定的な電力を供給することを目標に
やりがいとして感じながら仕事をしていた。
台風の日も地震の日も、停電にならないように
停電を一刻も早く回復させるように命を張って頑張っていた。
決して全員がそうだとは言わないが
そういった社員が必ず存在しているはず。
その人は、東京電力に入社し仕事を行なっていた事に
昔も今も誇りに思っている。
完璧でクリーンな企業なんてありえない。
大企業になればなるほど、異なる思想を持つ社員が増え
完璧さもクリーンさも薄れていく。
だから、必然として、完璧でないことやクリーンでない事を隠すグレーな行為が行われる。
でも、その行為は全社員が知っているのではない。
上のごく一部が極秘裏に行ない、それで生まれる闇の利益もその中で懐に収めている。
社員は、他の企業の社員より、多少給与や待遇の面で恵まれていたのかもしれない。
でも、それは今回の非国民扱いという一種の「国民からの差別やいじめ」に値するほどのものだったとは決して思えない。
また、もっと温情を持つと、過去の経営者は多くの良い思いをして生活し、人生を全うした。
その後の経営者は、前者が作ったシステムに乗って生活が潤っただけ。
それは、そうしなければ会社が成り立たないから。
間違っていると気付いたとしても、それを打破するすべも力も無く、そのまま風に吹かれるままにした。
大企業だから当然、派閥もあるし権力争いもある。
そんな中、仕事を頑張り、人付き合いを頑張り
やっと大企業の経営者まで上り詰めた途端に、あの大震災とあの事故が起きた。
ブログで何度も書いていますが
未曾有の大震災が起きたから、大津波が起き、原発が壊れた。
世間ではあたかも
「原発が爆発し、それが原因で大震災が起きた」
かのように、福島の被災者のみならず、国民全員が東電とその社員に怒りをぶつける。
東電の中で原子力の部門ができるとなったとき
社員の中から原子力に移動する者を募集した。
その頃から、原子力はもしかしたら危ないという印象が社員の中にあり
原子力部門に移動を希望する者はいなかった。
そこで東電は他の部門よりも多くの給料を保証し再募集した。
そこで、移動した社員は
「あいつはお金で原子力に移動した」
と後ろ指を指された。
なので、原子力部門とそれ以外の火力、水力部門には壁ができていった。
社員は社命で東電の株を買わされている。
株主の利益はもらえるものも、当然ながら購入資金は自分の懐。
社員が持っていた株は、現在、大暴落し、社員も大損をしている。
それなのに、自分たちが貯めた企業年金まで削減される。
もうすでにもらい切った、元社員だけが何も痛みを受けず、
退職したての多くの元社員や、これから退職する社員のみが痛みを受ける。
東電の経営者、それも過去に良い思いをした経営者は加害者だけど
今も頑張っている普通の社員は被害者じゃないのかな。
東電のこの一年のやりかたは、情報を隠したり、うそをついたり
腹の立つことばかり。
でも、それを発信し、その発信を決定していたのは一部の上層部のみで
毎日の電気供給に頑張っている社員が同罪だとは思えない。
東電は、現在一番国民に嫌われている会社。
町で見かける東電の車には、会社名が一切ない。
灰色の目立たないその車は、普通車のようにひっそりと走っている。
会社名があると、あおられるのは勿論、傷をつけられたり
石を投げられたりするのだ。
だからといって、点検などに行かず、もし停電にでもなったら
また、住民の苦情が殺到する。
まともに仕事ができない状況を作る国民が、仕事を怠ると怒る。
東電をつぶせば、福島の放射線が無くなるわけではない。
東北が昔にかえる訳ではない。
一社員が放射能を飛ばしたわけではない。
かなり、まがった考え方の文章だとは思う。
反論したい人が大多数だろう。
僕も故郷の福島が被災し、小学時代の思い出も津波と原発事故によって汚されました。
でも、東電がしたくてしたんじゃない。
そこに怒りをぶつけても、広野町は戻ってこない。
でも僕はあえて、この目線で文章を書く。
ごく少数でも、そんな気持ちの人がいれば
その代筆になれば。
どんな意見でも構わないと思うけど
自分の意見に責任を持てない人や、
人を陥れるだけで自分のストレスを解消している人は
どこにも意見を発するな。
もっと、建設的で前向きな考え方で話し合わないと
日本国民でいるべきではない。
今の日本国民はそんな所にはいない。
愛知県日進市で行われた名ばかりの「復興支援」花火大会
日進で福島の花火使用取りやめ
愛知県日進市の市役所周辺で18日夜あった花火大会で、福島県産の花火に対して市民らから「放射能をまき散らす恐れがある」などの声が寄せられたため、打ち上げを中止したことが19日わかった。
大会には11万人が来場し、約2千発が打ち上げられた。福島県川俣町の業者がつくったスターマイン1基(80発分)も打ち上げる予定だった。しかし、市や地元商工会などでつくる実行委員会によると、17日昼過ぎから電話やメールで市民らから「汚染された花火を使うな」など約20件の抗議や苦情が寄せられたという。実行委は放射能を測定する機器がないなど「大会までに安全性が確認できない」と中止を決め、愛知県内の業者の花火に替えた。
花火大会は昨年、7年ぶりに復活した。今年は東北大震災の「復興支援」がテーマで、日進市に転居した被災者43人を特別席に招待し、18人が鑑賞した。実行委は「普通は花火の産地まで公表しないが、今回は東北3県の業者名をチラシに入れたことで注目を集めたのかもしれない」という。
市は花火を含む祭りに850万円を補助して、事務局を担当。萩野幸三市長は「市民の安全を守るのが市なので、実行委の判断を受け入れた。難しい決断だったと思う」と話した。
福島県川俣町は一部が原発事故で計画的避難区域に指定されているが、花火を作った業者の敷地内の放射線量は毎時0.4マイクロシーベルトで、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準を下回っている。業者は「東海地方に避難している人もおり、福島の花火だと喜んでもらえると思い協力したのに残念」と話した。
福島県への風評被害が野菜や海産物、お米などでは収まらず、
とうとう「打ち上げ花火」にも影響を与えたみたいですね。
これはまぎれもなく「いじめ」です。
結論からいうと、この大会の実行委員(事務局)である市の職員は、
本気で被災地復興を目的に大会を実施したのではなく
「復興支援」と書くことで、注目を浴び、見物客を増やそう、
それで、日進市に来てもらって金を落としてもらうため、
つまりは「自分たちの懐を肥やすために」したこと。
結局、「名目としての復興支援」にすぎないのでしょう。
でなければ、たかが20件の問い合わせや抗議の電話などで
「復興支援という自分たちの想い」を踏みにじってまで使用を中止するわけがない。
福島県への思いより、次の選挙の一票のほうが大事だから市民の少数派を大事にした・・・。
こんな苦情が寄せられる事は、福島の花火を使用すると決めた時点で
普通の大人なら必ず考え付く事。
事前に測定器などを用意して万全の策を講じる事だってできたはず。
それを思いつかないほどの幼稚な市の職員が、
生半可な気持ちで「復興支援」などという言葉を使用するな。
中途半端にもほどがある。
さらにたとえ、花火に少量の放射線が付着していたとしても、
それが上空で破裂しただけで市民が感染するまでには決してならない。
どんな専門家も、今回のニュースを知って
「放射線の量では、取りやめる理由にはならない」と話しています。
そんなこと「馬鹿」でもわかる。
感情的に批判するごく一部の市民と、その少数派に乗る「市政」って
いったい誰のための行政で、何のための「復興支援」だったのか・・・。
中途半端な正義は「偽善」でしかない。
今回の大会は東北の復興に何の足しにもなっていない。
ただ、事態を深刻化させ、被災者の心を逆なでしただけ。
日進の市民が福島県を、被災地を、世間の前で正式に侮辱し、いじめて、傷つけて
その結果、全国から「日進市民に人でなしだ」と
レッテルを貼られただけで終わった。
行政としては最低の決定だったというだけです。
そんな人間は、もう2度と
「福島県のため」や「被災地を復興」などと口にしないでほしい。
「市民の安全を守るのが市なので、実行委の判断を受け入れた。」
と市長は言うが、
だったら
初めから福島県産の花火を使うなどと口にするな。
広告なんかに記載するな。
避難している人々を招待したりするな。
ひとつの判断で、そのすべてが偽善でしかなくなる。
「行政はただ、結果あるのみ。」
その前の準備や手段、想い等は、結果が伴わなければ何の意味も無い。
今週も芸能人などが「被災者復興」をテーマに
被災地でたくさんのイベントをおこなっている。
そこには、そこでしか味わえないライブなどを直接目で見て感動し
この県に住んでいて良かったと涙ぐむ人々がいる。
被災地でコンサートやライブをする芸能人が
「会場で使用する特効に地元の火薬を使わないでくれ」
「地元の水も食べ物も食べない。」
などとは決して言わないはず。
それが「あたりまえ」
それが「復興を願う人間の気持ち」だ。
日進の人々には、
「復興支援という以上、打ち上げなかったのはまずい。恥ずかしい。」
という人もいれば
「事前に検査を行なってから(日進に)発送してほしかった。」
と批判する人もいる。
そういえば先月、京都市の五山の送り火で
福島県陸前高田の薪から微量の放射線が測定されたからと
使用を見送ったことがあった。
今回、同じことを繰り返しただけにすぎない。
人間は「人のふり見て、我がふりが直せない」知能の低い生き物だ。
今回の花火。打ち上げたほうが良かったのか、取りやめて良かったのか
賛否両論だそうだが、
本当の論点はそこではない。
中途半端なボランティア精神は、被災者には何も届かない。
何もプラスにならない。
それならいっそ、「復興支援」なんて、やらないほうがまし。
口にしないほうがまし。
中途半端が一番人を傷つける。
これから予定されている全国の催しに対して
中途半端な気持ちで「復興支援」と銘打った企画であれば
今すぐに中止してください。
そして、これ以上被災者の心を傷つけないでほしい。
あなたたちの力なんか無くても、福島は必ず復興します。
汚染牛肉をばら撒いた犯人は「福島県民」だと叫ぶ人
今、福島県南部の旅館に宿泊しています。
木曜日の夜から38度5分の熱が出ましたが
金曜日は一日寝て、
土曜日の朝に栄養剤の点滴等をしてもらい
午後には調子が回復したため、トラックに乗せてもらいました。
今日は、金曜日の豪雨のために遅れた分を巻き返すように
午後9時まで仕事をしました。
明日はお昼で東京に戻る予定です。
今日の午後、一緒に搬入を手伝ってくれた高校生から
最近また、元福島県民がいじめられている事を聞きました。
関西に転校をした友人が
感染牛の流通報道があって以降、いじめにあっているのだといいます。
その彼女は、あの大津波で自分の父親と、住んでいた家と、当たり前の生活を失い
避難場所で友達と励ましあいながら必死で生きてきました。
4月中旬に祖父の家に行くことが決まり
彼女は最後のより所だった「友人」とも離れることになりました。
彼女は関西で新しい学校に登校した二日後
最初の「福島県民いじめ」にあったのだそうです。
学校の生徒皆が「福島県」からの転校生だと知っていたため
机や文房具に「被爆者」と落書きをされたり
鞄の中の携帯を折られたり
トイレで水をかけられたり。
それをただ眺めている同級生と、問題視しない教員によって
彼女は、孤独に耐えきれずすぐに登校拒否になりました。
その後、彼女は一度も学校に行くことなく夏休みに入りました。
未だに学校へ行く勇気は持てていない彼女ですが
福島での友人とは、メールで話せるようになっていたのに
福島県で育てられた牛の肉からセシウムが検出され
その感染牛が全国に広まっているというニュースが全国に流れました。
その結果、一時はおさまっていた彼女に対する嫌がらせが
エスカレートしていっているのだそうです。
稲わらが放射線で汚染されること、それを家畜に与えると家畜が内部被爆してしまうこと、
それが筋肉などの繊維にたまり、基準値を超えてしまうこと。
今なら、誰でも想像できる。お粗末な対応だと簡単に批判できるでしょう。
でも、それに気づかず・・・もしくは、気づいていたとしても何も対処しなかったのは政府。
非常事態にはすべての可能性を模索する必要があるのに、
海産物や農作物にしか目がいかず、稲わらを見落としていたのは、
誰でもない、永田町にいる偉い専門家と政治家。
汚染されたことも知らずに家畜に稲わらを与えていた福島県の農家の方々にも
ある程度の落ち度があったのかもしれませんが
出荷された牛肉を検査しなかったのは農家の人ではありません。
原発付近で収穫された稲のわらではなく、
とても飛散しているとは想像しずらい場所で干され保管されていた稲わらに、
あの時点で誰が汚染の疑惑を持っていたでしょうか。
あの報道がある以前に、誰が干しわらを危険だと気づいたでしょうか。
今まで、私たちには関係ないと思っていた関西地方の人たち。
特に小さい子供や、学校に通わせている子を持つ親御さんたちが
「子供たちの給食に汚染牛が混ざっていたかもしれない。」
とわかり、憤りを感じているのもわかります。
でも、それが全部「福島県民」のせいなのですか?
福島出身の子供たちがいじめられる理由になりますか?
先ほどから、このamebaブログで
「感染牛の事件は福島県民が悪い」と
無責任に掻き立てている記事をいくつも見つけました。
書いている人は、その文章を送信した時点で
一種の満足感が得られて楽しいでしょう。
その後、その文章を読んだ人がどう感じようと、自分にはまったく関係ないと思っているのでしょう。
でなければ、あのような無責任な文章を簡単に掲載できるわけがない。
僕は読んでいて、その文章すべてがあまりに稚拙で無責任に感じました。
大人は楽です。
云いたいことを書き並べ、
セシウム感染が不安だからと、外食もせず輸入品で生きて行くこともできる。
出ていきたければ、その場を立ち去ることだってできる。
立ち去るなら、稚拙な批判を書き並べて人を惑わしていないで、だまって出て行ってください。
子供たちはあなた方のように、自由に住む場所を変えることができないのですから。
いじめを受けている彼女は、祖父の家のほかに行く当てがありません。
友達の住む福島県に戻ることもできません。
常に、孤独と誹謗中傷に会いながらも、いじめを受ける祖父の家を出れずにいるのです。
ブログで福島県民を誹謗する皆さん。
そういった無責任な大人の言葉のせいで、逃げ場もなく苦しんでいる子供たちがいることを
どうか知ってください。
あなたがたが書く文章ひとつひとつが、全国で無関係ないじめを生む危険性があることを知ってください。
自分の文章に責任を負えない人は、自分にみあった内容だけを書いていてください。
あるブログに、このような内容の文章が書かれていました。
「福島県民は、原発を誘致した代償として、今まで高額な寄付を東京電力からもらっていたのだから
被爆しても自業自得だ。」
と。
これが大人の書く文章でしょうか。
ちょっとだけかじった情報だけで、こんな馬鹿げた文章を自由にかけるのが「ブログ」というものなのです。
確かに、私の住んでいた広野町にも火力発電所があったおかげで、
町は東京電力から寄付を受けていたようです。
それで、体育館やグラウンドが整備されたと聞いていました。
火力発電所でも寄付があったのですから、原発を誘致した町にはもっとたくさんの寄付があったのかも
しれません。
でも、それは町の財政が潤っていただけで、町民の懐に直接入るお金ではありません。
ただ単に町が国からの援助を断れるだけのこと。
つまり、地方交付税をもらわないことで、町の政策を町で決められる特権を持っているということ。
だから、平成の大合併を切り抜けられてきたのだと思います。
それのどこに「被爆しても自業自得」だと云われる理由があるのでしょうか?
僕は今、ブログとは、なんて無責任な環境なのだろうと痛感しています。

ボランティアで出会った、Superflyの「あぁ」
先週ボランティア先で、運んできた荷物の整理を地元の皆さんとしていた時、
被災地の中学生からある曲を聴かせてもらいました。
彼女のアイフォンから流れてきたその曲は、
Superflyの「あぁ」でした。
彼女のアカペラから始まるその唄は、
すぐに僕の心に響きました。
彼女に「これ、誰の曲?」
と聞くと、「Superfly」と一言。
今までも何度か彼女の歌を耳にしていましたが
ここまで胸の奥底にまで届いた事はありませんでした。
彼女は、震災後に離れ離れになった友人から、このCDが送られてきた事を話してくれました。
彼女が教えてくれたのですが
最初はアルバムのひとつの曲に、この曲の歌詞の無い歌が入っていたみたいです。
歌詞がすべて「あぁ~」で歌われた「Ah」という楽曲。
これがラジオなどで紹介されると、瞬く間に反響が起きたそうです。
「和製アメイジング・グレイス」だと。
さらに彼女がインタビューで「この歌には歌詞のあるバージョンがあります」と話したことで
ファンからCD化してほしいという要望が殺到して
急きょ、歌詞のある「あぁ」がリリースされたのだそうです。
歌詞の無い「Ah」も聴かせてもらいました。
被災地からの帰りのトラックの中で、スマホのYoutubeで検索してみました。
そこには「あぁ」のPVがありました。
教会で一人歌い上げるそのPVを何度も繰り返し見て帰りました。
人は嬉しいことや幸せなことは、他人に簡単に話せるけど
辛いことを言葉にするのは難しい。
そんな気持ちを抱えたまま暗闇を一人彷徨うのではなく
「あぁ」というため息で、つらい気持ちを夜空に吹き飛ばせばいい。
そんな内容の曲です。
被災者を励ますような曲があふれている今、
彼女は「がんばれ」ではない、この曲を聴かせてくれました。
「これを聴くと、なぜか泣けてくるんだ。」
それが彼女の感想でした。
最近はボランティアの人たちの数が減る傾向にあります。
はじめは「皆冷たいなあ、少しずつ忘れられているのかな」と思っていましたが
それだけでは無いみたいです。
これは、ある程度の協力が完了した証拠なのだそうです。
被災地の皆様がボランティアの力を借りなくても、少しずつですが自分たちの力で
復興に向かう第一歩を踏み出した証拠なのだと、リーダーが教えてくれました。
人に甘えて生きて行くことは簡単だけど、そのままでは未来が見えない。
ボランティアの仕事が減るということは、それだけ被災地の皆様が
前を向いて歩きだした証拠なのだそうです。
いずれ、僕たちの仕事が減っていき、訪れる必要が無くなるのは寂しいけど
皆の笑顔に会えなくなるのはつらいけど。
僕らは彼らの「当たり前」にはなってはならない。
僕たちが訪れているうちは、本当に復興したとは言えないのだと。
だからと言って、募金も物資もいらないわけではありません。
牛肉の件や、野菜や海産物は勿論のこと
これから秋に収穫される「お米」にも深刻な問題が出てくるでしょう。
新米より古米のほうが安全だと、高騰している古米を買い占める動きがあるそうです。
一時期の「ペットボトルの水不足」と同じことを繰り返しています。
国民が無駄に神経質になればなるほど
東北の復興は遅れていきます。
西日本で生産される物は高騰し、東日本では同じ物が売れずに廃棄される。
それをさせているのは、私たち消費者です。
自分の身も大事でしょう。少しぐらい高くても安全なものが欲しいのかもしれません。
家の冷蔵庫には安全で高価な食料を保存しながら、海は危ないからとホテルの屋内プールに遊びに行き
クーラーの効いた安全な部屋で牛肉のニュースを見て政治の批判をし
被災地の状況について、さも同じ目線でいるかのように御託を並べているのが今の日本人です。
東北地方から高速を走っていくトラックの3割は、勝手に無料で利用している犯罪者だそうです。
以前も書きましたが
日本人は見えないところでは平気で犯罪を犯す。
そのことで被災者への温情ある制度が廃止されても知らんぷり。平然と偽善者でいられるのが日本人です。
被災地で、555円のCDに喜び、曲を聴いて涙しながら
復興のため、自分の人生のために立ち上がろうとする子供たちの前で
私たち大人は云わば「カッコつける」必要があると思うのです。

かりゆし58「アンマー」
今日は母の日です。
実家にYAMAZENのトルトンを送りました。
おとといの金曜日、会社の人とカラオケに行った時
かりゆし58の「アンマー」を歌いました。
学生時代には感銘を受けなかったであろうこの歌が
へたをすれば「マザコン」のレッテルを貼られそうなこの歌が
この年になりようやく
大人として、人の親として
いろいろな経験や挫折を嫌というほど味わった今の僕には
自分を代弁した歌のように感じました。
今から4年前
自分が撒いた種が原因だったとも知らず
自分が置かれている状況に挫折をし、絶望をして
他人を恨み、人を心から憎んで
明日を生きる意味を失い
何度も自分で死を選ぼうとして
それを誰にも理解してもらえないと感じていたあの時
そのすべてを包み込む大きな存在に甘え
自分のウサをすべてそこにぶつけていました。
誹謗中傷なんて生ぬるい物ではなく
まるで恨み事の代表であるかのように。
その後電話の度に1時間以上、今の感情をぶちまけていました。
私が通常に戻るのに1年以上を要しましたが
受けた愛はその間、まったく変わる事がありませんでした。
「アンマーよ アナタは私の すべてを許し すべてを信じ すべてを包み込んで
惜しみもせずに 何もかも 私の上に注ぎ続けてきたのに
アンマーよ 私はそれでも 気付かずに 思いのままに 過ごしていたのでした」
今の自分があるのは、あの時戒めるでも言い返すでもなく
僕からの言葉すべてを受け入れてくれたから。
今の冷静な自分がいて、この歌に感銘を受ける自分がいます。
「アンマーよ 私はあなたに 言ってはいけない 決して口にしてはいけない言葉を
加減もせずに 投げつけては アナタの心を踏みにじったのに
アンマーよ アナタはそれでも 変わることなく 私を愛してくれました」
これは、ある程度大人になった「男」だけが持つ特有の感情なのかもしれません。
女性が自分の父親に、このような感情を持つのは稀な事でしょう。
母親と娘の間でもなかなか持てない感情です。
それを「マザコン」というのであれば、それを笑顔で受け入れましょう。
マザコンと呼ぶその人が、到底感じる事の出来ない
このような感情を持てた事を幸せだと感じるからです。
「度が過ぎるほどの 頑固さも わがままも 卑怯な嘘もすべて
すべてを包み込むような 愛がそこにはありました
アナタのもとに生まれ落ちた事は こんなにも幸せだった
今頃ようやく 気づきました こんなバカな私だから」
浜岡原発(静岡)総理より停止要請発動
まだ起きていない地震を恐れ、あらかじめ原子炉を停止する必要があるのか。
本当に難しい問題です。
今回の福島原発の放射性物質の漏洩事故は、地震後に起きた15m以上の大津波が原因で起きました。
建屋の水素爆発は起きたものの、原子炉自体の爆発は起きている訳ではない。
だから、放射性物質の漏洩はあの程度でおさまっている。
これがもし、原発の真下で地震が起き、原子炉自体が爆発していたら・・・
それこそ東日本全体が避難命令の区域となり、
今以上の、想像を超える被害が日本に起きていた事でしょう。
今回の事故はたまたま、海底で地震が起きたため地震での被害が少なかった、
地震後の津波で停電時の電源供給システムが流されたから制御できない時期が生じてしまった、
それが放射性物質の漏洩につながってしまった。
つまり、偶然起きた様々な事が重なり合って、現在の福島県の被害の大きさにつながっているのです。
また、今回の福島原発事故のレベルは、その放射性物質の総放出量から、
過去最大のレベル7(深刻な事故)と位置づけられました。
これは旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発の爆発事故と同レベルということになります。
ただ、これは単に事故で放出された放射性物質の総量から導かれた結果であり
チェルノブイリの事故と福島のそれは、事故の詳細が全く異なります。
チェルノブイリでは原子炉自体が爆発しました。
当然その中にあった放射性物質は、爆発によって一気に大気に放出されました。
しかし、今回の福島原発の事故では、とりあえず原子炉は爆発していない。
周りのダクトや周辺の亀裂などから放射性物質を含んだ気体や水が放出されたり
原子炉を守るために意図的に放射性物質を大気や海に放出したに過ぎません。
放射性物質の総放出量は、チェルノブイリが推定520万テラベクレルだったのに対して
福島原発の総排出量は4月の時点で40~60万テラベクレルと、チェルノブイリの約10%ほど。
その他、被曝者数 24万人 対 21人(チェルノブイリ 対 福島原発)
被曝による死亡者数 約30人 対 0人
と、まったく異なっているのです。
今の福島原発はチェルノブイリのように、もはや手の施しようの無い状態なのではなく
今後、被害を終息できる可能性を秘めているのです。
それでも原発事故のレベルを決める基準では、ふたつは同じ扱いになってしまうのです。
話が脱線したので戻りますが
今後、近い将来起きるであろうと予測される東海地震が
もし、浜岡原発の真下で起きた場合には
福島原発の状態ではなく、チェルノブイリのような状態になるでしょう。
もし、近くの海底が震源地となった場合でも、
福島の時のような15m級の津波が浜岡に襲いかかってきた場合には
浜岡原発は、福島のように浸水し同様の事故が起きる事でしょう。
だから、政府は苦渋の選択として、浜岡原発の安全が確保されるまでは原子炉の停止、
つまり原発の運転停止を要請したというのです。
地震が起きてからでは遅い。
確かにその通りです。
浜岡原発は、福島の時と違って原発の位置が悪すぎます。
東京からも名古屋からも約150kmの位置にあり
さらに東海地震の想定震源域(東海地震が起きるであろうと予測される地区)の真ん中にあります。
東海地震が起きれば、震源地がどこになったとしても甚大な被害が予想されるのです。
ただ、起きていない地震のために浜岡原発を停止してしまうと
中部電力の電力供給量の12%が削減されることになり
この夏から数年は供給エリアの節電が必要となってきます。
東海地方で生活している人からすると、
起きるかもしれない地震の被害を心配しながら今まで通り電気を使い続けるのか
面倒な節電を行なってでも環境の安全を確保するのか
という瀬戸際だったという事です。
明日からの日本に、原子力発電所は本当に必要なのか。
日本のみならず世界中の原発保有国が悩んでいます。
取り急ぎの電気は必要だが、
ずっと原子力や火力などにだけ頼っていてはいけない。
それに代わる新しい発電方法が、近い将来必ず必要となってきます。
これからの日本は、現在ある原子力発電所の安全性を高める工事を行ないながら
新しい技術の発見と向上にも力を入れなければなりません。
さらに、日本全体の電気使用量を全国での節電によって削減していく必要もあるでしょう。
福島原発も建屋内に人が入れるように放射性物質を排除する作業が行なわれています。
本当にゆっくりですが、しかし確実に前へと進んでいるようです。
被災地の被害に心を痛め、被災者に手を差し伸べる事も大事ですが
日本を新しい明日へ進めるための前向きな一歩にも
僕たちは関心を持つべきなんだと感じています。
福島県双葉郡広野町 忘れたくない大事な思い出2
福島県双葉郡広野町
僕が小学校2年から中学校1年まで住んでいた町です。
山と海があって自然が豊かでのどかな町でした。
僕が10歳になった昭和57年。
広野駅のホームに「汽車の碑」という記念碑が建ちました。
「今は山中、今は浜~」から始まる童謡「汽車」
その最後の歌詞「~トンネルの闇を通って広野原」
の広野原が広野町を読んでいるという事で記念碑が建ちました。
でも、当時からこの「広野原」は、広い野原という意味で
広野町とは関係ないんじゃないかという意見もたくさんありました。
僕の記憶が確かなら
おそらく、その碑の除幕式に
小学校4年生の僕がクラスの女子と出ていたような気がします。
大人がたくさんいて、カメラがたくさん並んでいる中
僕とその女の子とふたりで、合図と共に幕を引いたんです。
その時の様子が夕方のニュースで流れるというので、
会津の祖父母にニュースを見てと電話をしたのも覚えています。
決して地元の人間でもない僕が、
小学生なんていくらでもいたのに。
2年生の時に引っ越して来た4年生の僕が
なぜその大役を任されたのか
今になれば謎でしかありません。
相手の女の子は、僕が広野町に引っ越して初めて好きになった子でした。
誰がどうやって僕達ふたりの小学生を決めたのか。
どうしても思い出せません。
福島県双葉郡広野町 忘れたくない大事な思い出1
福島県双葉郡広野町
僕が小学校2年から中学校1年まで住んでいた町です。
僕の小学校の思い出の全てがそこにあります。
山と海があって自然が豊かでのどかな町でした。
福島第一原発の20km~30kmの中に
すっぽりと入ってしまう広野町は
今どのような状態になっているのか
情報がまったく入らず心配です。
今でも覚えている記憶の中の広野町は
広野駅を下りてまっすぐ進むと、
すぐに県道のような細いけど往来の多い道に出たように思います。
その近くにはラーメン屋さんがあり、
そこの「みそラーメン」が美味しかったのを覚えています。
県道を左に曲がると左手に「ピカちゃん文庫」という図書館らしきものが
あったと思います。
そのまま歩いていくと、左手には
高学年の時に通っていたそろばん塾(健三郎とか言ったような)があり
その向かいあたりに駄菓子屋さんがありました。
よく買い食いをして怒られました。
時々コカコーラのヨーヨーの指導員が来たと思います。
コーラやペプシのヨーヨーをいくつか持っていました。
その先の右側には床屋がありました。
そこは同級生の家で、行くといつも1,000円でカット(坊ちゃん狩り)してくれました。
同級生と弟はけん玉がとても上手だったような気がします。
駅から町役場のほうにまっすぐ行くと、
ここにも同級生の家だった内科医がありました。
そこを右に曲がると「広野スーパー」という小さなお店がありました。
そこではよく「1・2・3フタバ」というアイスを買っていました。
たまに3本当たりが出たのを覚えています。
しばらく役場のほうに進むと、左の高台に通っていた小学校がありました。
今は場所が変わったと聞きました。
その隣りには中学校がありました。
中学校を過ぎると国道6号線があり
その先に町役場がありました。
町役場の左の坂をずうっと上っていくと町営の体育館がありました。
たしか小学校の5年生ぐらいから、そこに空手の練習に行っていました。
駅前の県道を北側に進むと、
左手にファンシーショップがありました。
「みんなのターボ」や「なめネコ」などの文房具などがたくさん売っていました。
その先の右側には「アイアイ」というスーパーがありました。
入り口にたい焼き屋があり、奥に食料品売り場がありました。
買い物はほとんどここを利用していました。
その先は、ずっと何もなく、しばらく行くと右側に火力発電所があったと思います。
アイアイの先の左側の奥に、確か「横穴式住居」があったと思います。
山を探検していて見つけました。
防空壕だったのかも知れません。
田舎の小学生の行動範囲はこれぐらいだったと思います。
でもすべてが、今になっても鮮明に覚えています。
あれから30年弱。いろいろ変わってしまっているでしょう。
今回の震災と津波で、僕の覚えている広野町はどうなってしまったのでしょうか
今はまだ調べるすべがありません。
駅も役場も停止中だそうです。
友達や先生や近所の人やお世話になったいろんな人が
今どこで、どのような暮らしをしてるのでしょうか。
中学一年生で会津に引越しをする時、また遊びに来ようと思っていました。
大人になったらいつでも遊びに来れると思っていました。
けど、この年になるまで一度も行く事ができていません。
皆さんや町が無事である事を、ただ祈るばかりです。

4月にあった県知事選と市議会選
4月はここでも2回の選挙がありました。
いつもそうだけど
選挙が近付くと、通勤の駅前に立候補者が立ち始めますね。
始発近くに来て準備をして、通勤時間ずっと立って
「おはようございます。●●党議員、○○です。お勤めご苦労様です。」
俺は刑務所を出所してきた訳じゃねぇ!!ってたまにイライラしますが。
こうやって、選挙前にしか頑張らない人には、あえて投票しないようにしています。
そりゃあ、朝も早くから立ちっぱなしでは大変でしょう。
でも、それで誰でも議員になれるなら、365日立ちますよ。
どんな人間でも議員になれますよ。
じゃあなくて、今回のような時期であれば
この市の代表として復興支援に東北に行ってボランティアすれば?
選挙前1週間だけでなく、震災後から復興に尽力すれば?
まあ、それは極端だけど・・・
自分のためだけの演説ではなく、そこで救援物資を集めればいいのになと思う。
朝、駅前で来る人来る人に今必要な救援物資を求めれば
明日の朝は何か持って家を出れる。
そこで、コミュニケーションがとれる。
立候補の意思が伝わる。
議員って、町の住民に「先生」と呼ばれるのが仕事じゃない。
会議で野次を飛ばしたり居眠りするのが仕事じゃない。
交通機関にタダで乗るのが仕事じゃない。
この町にも、僕以外にもたくさん東北出身者はいる。
何か被災地のためにしたいけど、仕事やいろいろな事で何もできない人がたくさんいる。
そんな人のために汗をかくのも仕事だと思う。
行政の仕事は市役所だけでしかできないのではなく
そこに住む住人の代わりに、一票入れてくれた人のために仕事をするのも
議員の立派な仕事の一つだと思うんです。
最近、特に若い人の選挙離れが深刻化していますけど
それは「あたりまえ」
今の議員は決して尊敬の対象ではない。まったく立派に見えない。
議員なんてみんな金に汚い、自分だけのためにしか動かない。欲まみれ。
そんな印象だから、議員にも政治にも興味がわかない。
投票に行く労力すらもったいない。
外国では「インターネットで投票できるシステム」もあるのに
今でも日本は近くの学校や公民館に足を運ばなければならない。
それも原則、日曜日一日だけ。
そうやって有権者の事をまったく考えていない昔からのシステムに固執しているくせに
選挙に行かない人を「非国民」扱いする。
ネット投票ができない理由を聞くと
①「投票している人が誰だかわからないから(本人確認ができない)」
というけど、実際今のシステムでもはがき一枚だけの事。
投票所で厳重な身分の確認をしてる?
そもそもポストで葉書を盗まれりゃあ同じ事。
②「システム導入にお金がかかるから」
もっと無駄に税金使っている例はいくらでもある。
出歩くのが難しい人もいれば、そんな時間を作るのも面倒だって人もいる。
誰でも簡単に投票できる環境づくりに無駄な事なんて一つも無い。
お金の使い方が間違っている!
③「選挙の意味、重さ、重要さが薄れる」
そもそも選挙に行かない時点でその人の関心はゼロ。
ネットなら投票すると考える人も、くだらない人に入れればその人が落選する。
そうすると一票がもったいないと思って、ある程度調べてから投票するようになる。
今の投票率で「一票の重さ、選挙の重さ」などというのは実にくだらない理由。
それより全員が投票に参加するようにするのが大事。
票の重さを論じるのは2の次。
④「投票権を売買される可能性がある」
今では、大きな銀行のネット取引では、使用できるパソコン(IPアドレス等)が2つぐらいと決まっていて
不正できないシステムだってある。
不特定多数のネットが怖いのなら、コンビニの機械(ローソンのロッピィなど)で
1週間ぐらいの猶予で投票できるようにし、
その後、葉書と身分証とレシートを提示して承認してもらう。
もちろんレシートに投票の内容は記載されない。
そもそも、投票所が必要な裏の理由があるようにしか思えない。
それは、組織票のため?テレビの出口調査のため?
以前テレビで評論家が言っていたけど
今投票していない「政治に関心の無い約3割の国民」が、
ネットなどで自由に投票できるようになると、
投票の中身が乱れる。無責任な票が増え、当選すべき人が当選できなくなる
純粋な一票を入れる人が可愛そうだから簡単に投票できなくしている。
だそうです。
だったら、「義務」だとか言わないでほしい。
矛盾過ぎる。
「投票したけりゃ、ここに来い!!」????って事?????
全部をネットだとは言わない。投票所もあっていい。
でも両方用意すれば、投票率は少しは増えると思うけど・・・。

朝まで生テレビ!
先ほどまで放送していた「朝まで生テレビ」
大震災がテーマだったので、徹夜で見てました。
率直な意見をまず。
今回は無駄な言い争いが少なかった。
いつもは、反対の意見を持つメンバーが、それぞれ相対する意見をぶつけて
自分たちの正当性を主張するばかり・・・。
イワユル「与党と野党」のような。
でも、今日の内容では、与党も野党も出席していたけど
意見はほとんど同じ。
「はやく被災地を復興しなければ」
「はやく被災者に安心してもらわなければ」
「はやく原発を静めなければ」
そのためには、与党も野党も無い。政党や出身地や立場なんか取っ払って
明日の日本のために、日本人の未来のために一致団結しよう!
その意気込みは感じる事が出来ました。
テレビでも言っていたけど
原発事故のそもそもの原因は未曾有の津波。
でも、その後の東電や政府の対応が悪いから、ここまで酷くなったのも
正直事実です。
東電のたくらみ、政府の思惑、そもそも原子力発電の歴史と、送電地区の利権
いろいろな物がこんがらがって、それが今まで経験した事の無い災害に乗っかっちゃったから
震災から50日たっても国民の不安は弱まらない。
今回のテレビでは、与党も野党も総理の批判をしていました。
20個近くの会合を作り、責任を明らかにさせない。
決定力が無いから今になっても被災者を救う手だてが決められない。
本当に総理は今の状況を解決しようとしているのか。
必死でそのための努力をしているのか。
何かすべてどこかで、誰かからの圧力や利権がからまっていて
総理の意思が主張できないのではないか
あの人だって今まで大人として生きてきたんだから
今の状況は把握できているはず、
自分が何をすべきかわかっているはず。
こうしたほうが国民が納得してくれるぐらいは判断できるはずだって思う。
東電の役員も一緒で、馬鹿ならそこまで偉くなれないから。
だからもどかしい。
被災地区の県知事は、今自分の県で何が足りないかを知っている。
今なすべき事を知っている。
利権で判断する場合ではない事も知っている・・・はず。
だから、テレビでも言っていた通り
県に権力とお金を与え、早急な対策をさせるべきだと思う。
でも復興には必ずプランが必要だから
やみくもに元の場所に家を建てさせ生活基盤を作らせてはいけない。
以前の町をそのまま復元するのではなく、次の災害に備えた街作りを国が一緒になって考え
指示を出して進めていけばいい。
今まで住んでいた人は、先祖代々からの土地に、かなりの愛着を持っています。
だから、遠くの仮設住宅に住みたがらないんです。
別の場所で同じ敷地分を与えればいいという訳ではない。
だから復興が遅れるんです。
特に東北の人は地元愛が強いです。
僕も福島が好き、会津が大好きです。
白虎隊も鶴ヶ城も猪苗代湖も磐梯山もスパリゾートハワイアンズも全部大好きです。
だから、福島県への風評被害で観光客が激減し、地元の観光作業は壊滅寸前の状態だと聞くと胸が痛むんです。
福島県民がいじめられていると聞くとイライラするんです。
それと、これも毎日感じていることだけど
津波の被害と原発の被害はまったく別の事。
テレビでは、どちらで苦しんでいる人も「被災者」と言っているから
視聴者はイッショクタンにして感じてる。
極端な話「まるで津波も東電の仕業」みたいにキレている人もいる。
東電だって津波の被害者。
原発の被害は福島県いわき地方の20~30km圏内の避難者だけ。
放射能が飛んできているから避難している人たちだけ。
この前夕方のテレビで他県の被災者が東電に文句を言っていた。
それを流すテレビも低能。
ニュース番組で「津波のニュースと東電のニュース」を連続で放送するから、
あたかも一緒の事のように感じ、ごっちゃになっているんだと思う。
僕の会社でも、東電を批判する人が多い。
ほとんどと言っていいくらい。
でも、
東電の中で悪いのは、本当に一部の管理職だけ。
政治家や官僚との癒着で良い思いをした事のある、一部の汚い連中だけ。
その他の大多数の社員は、まったく悪くない。
本当に僕たちに電気を安定供給するために働いている人ばかりです。
その人にも家族がいます。
それを、「社員の給料2割カット、ボーナス5割カット」の報道が流れた途端ネット上では
「少なすぎ! 社員でも年収ベースで50%はカットしろよ」
「今回の補償が全て終わるまでは賞与は0にしろよ」
「いいよなぁ。何やらかしても責任取らなくて済む無敵企業w」
「給料はともかくボーナスなんてナシにきまってるだろ。まじで頭おかしいんじゃないの」
さらには
「東電社員一人残らず地獄へ落ちろ」
「こいつらはもうだめだ。さっさと潰したほうがいい」
「カットしなくていいから、全員福島第一原発20km圏内に移住しろ」
「これは近いうち東電社員襲われるかも解らんね」
と、まあ体たらくな発言まで。
やられたらやりかえせ、で物事が改善された試しが無い。
東電の社員が半分解雇でもされれば、その後の再就職は、このご時世とても難しい。
「東電から来ました」と言って、はいはいと入れてくれる会社がどれだけあるのか。
ほとんどの人が就職できずに路頭に迷い、就職難民にあふれ家族は崩壊し、
日本の経済がさらに落ち込んでいく。
そうすれば、いま被災されている人たちへの国からの出資も少なくなる。
大企業が潰れる事が、この国の勢いをどれだけ無くすことになるのか。
ネットで好き勝手に愚弄している人は、その後の責任を取れるというのか。
まさに幼稚そのもの。
二日前のテレビで、福島原発の所長が出てきました。
そこにいる社員は、現在毎日600人態勢で原発の鎮静化に必死で取り組んでいます。
ある日所長が本社に対して
また、今同じような津波が来たら、今度こそ原発は壊滅します。
だから速やかに敷地内に堤防を立ててください。
と進言したら、いつもの官僚や政府との絡みでNGを出されたそうです。
その時所長は社長に向かって
「そんなんじゃ、やってられねぇよ!!!」と怒鳴り散らしたそうです。
それから、600人の士気も大いに高まったとの事でした。
テレビもたまには良い報道をしたなと感心しました。
テレビは最近、国民を必要以上に不安にさせる報道しかしてこなかったから。


