昨日のSTAP細胞に関する報道、一通り目を通しました。
以下、個人的感想です。
「Science」では、存在するものを証明するために
様々な技法、手続きを使い、
誰にでも同じように見えるようにしており、
誰にでも見えないからと言って存在しないわけではなく、
存在しないことを証明するためにも
様々な技法と手続きが必要になります。
ですから不適切な技法や、正規の手続きを無視した行為は
決してScienceと呼べるものではありません。
再現性に欠ける物を「Science」と呼ぶことも憚られます。
もしこれらを「Science」と呼んでしまえば、
文学研究用語にある「fiction」も一つの立派な「Science」となってしまいます。
結果としてこれを許した理研にも問題があり、
単なる「ミス」で済まされるわけはありませんが、
研究者としての常識や倫理の欠如、
結果至上主義にも問題があると思います。
研究をする際、必要に応じて様々な講習を受けなくてはなりません。
例えば、放射性同位元素を使いには、毎年法律で決められた講習を、
決められた時間受講しなければなりませんし、
動物実験をするにも、やはりそのための工数を受けなければなりません。
しかし、研究を行うに当たっての倫理教育は実際のところ全くありません。
それどころか、「研究者」の定義、法的根拠すらなく、
一部では憲法第23条を都合よく独自解釈し、
「「研究」を名乗れば何をしても良い」と言った風潮も散見されます。
以前、仕事でとある内規と教育用資料を作ったことがあるのですが、
諸々に対する倫理観、常識度のばらつきに驚き、困ったことがあります。
一般常識のある人には倫理教育はそれほど必要ありませんでしたが、、
一般常識のない人への倫理教育は殆ど無意味で、
規則の遵守必要性すら理解できていませんでした。
研究成果は、何らかの形で公表するのが常なのですが、
この様な環境で研究をしていると、本来はNGなことをつい行ってしまい、
一度の事が二度三度。そのうちこれが当たり前になり、
何が正しいのかの判断すらできなくなり、
今回のように「蟻の一穴」から当事者だけでなく、
研究施設そのものが信頼を失う事態になりかねません。
昨日の記者会見、理事長が急遽参加し答弁していましたが、
予定外の理事長の出席、答弁時の口調が全てを物語っていたように思います。
今回の一件、事の中心人物は結果として社会的に抹殺されると思います。
学位論文も取り下げられるようですし。
これを単なる不祥事として片付けるのではなく、
これを機に研究実施における倫理教育の糧にすることはできないでしょか。
STAP細胞、妄想の産物だったのでしょうか?
【減煙開始684日 禁煙672日】
