★★★4-16
公演最終日の昼過ぎ、キャンディの待ちかねた人物が屋敷にやってきた。
「お母様!!」
キャンディは嬉しさのあまり、跳ぶ様に抱きついた。
「キャンディ、おめでとう。『ママ』で構わないわ。あの時みたいに」
全米で名を馳せている女優エレノア・ベーカーのオーラは隠しきれていないが、その整った顔立ちから漂う表情は普通の母親そのものだった。
「テリュースはどう?優しくしてくれる?」
早速母の気苦労が顔を出す。
「はい、私にはもったいないくらい素敵な人です。さあ、どうぞ中へ」
照れながら答え、招き入れようとした時、エレノアはおもむろにエイボン川の方へ目を向けた。
「ちょっと、いいかしら・・」
吸い寄せられるように裏手の川へ歩いていくエレノアの後を、キャンディは戸惑いながらも追った。

 



「まだあったわ・・!あの時のブルーベリーの木がこんなに大きくなって!」
エレノアは歓声に近い声を上げた。
つい先日まで小さな白い花を咲かせていたこの低木は、ブルーベリーだったようだ。
魅せられるように木を眺めているエレノアに、キャンディはピンときた。
「お母様が植えたんですか?」
「そうよ、初めてこの屋敷に来た頃に。ブルーベリーはね、同じ仲間の異品種の二本一組で植えるから『私達みたい』って言いながら苗を選んだの。甘酸っぱい味が彼は大好きで―」
そう言った瞬間、つい口が滑ったとエレノアは気まずそうな顔をした。
確かに木は二本ある。彼―・・とは、たぶんテリィのお父様だ。
「――い、いえ、一本でも実は成るのよ。でも二本植えた方が受粉の関係で実付がいいそうよ」
「そうなんですか」
キャンディは感心しながら木に近寄ると、既にたくさんの紫色の果実がいつの間にかついている。
「本当に実ができるものなのね・・。ジャムが作れるかしら」
「わぁ、それならパイやタルトも作れますね!あ~、スコーンに混ぜてもおいしそう!」
キャンディの頭がお菓子で一杯になった時、ふとあることを思い出した。
毎年クリスマスになるとポニーの家に匿名で送られてくるお菓子のバスケット。
「あの・・、年の瀬のご厚情、毎年ありがとうございました。子供達、とても喜んでいました」
キャンディは改まってエレノアに感謝を伝えが、
「そんなことより、あなた達が家に植えた記念樹ね。順調に育っているわよ」と、さりげなくかわされたので、思いを汲みとるようにキャンディはエレノアの話に合わせた。
「・・私達の記念樹?・・・―もしかして、ばら・・ですか?あ~、あれは・・記念樹ではなくて『あなた達が植えた』というより私が勝手に植えたんです。すみません、許可もとらずに・・。あれには深~い訳が有りまして・・えーと」
キャンディはどう説明していいのか、しどろもどろになっていると
「あなた達の家よ。好きに使っていいのよ」とエレノアはにこりと笑った。
「あなた達の家?」
そんなことは初耳だ。テリィから聞いたこともない。いや、たぶんテリィにもそんな自覚はないだろう。
「あの家は・・元々あの子の為に建てたのよ。理由は・・キャンディなら、もう分かるかしら」
この家にそっくりなニューヨークの家。エレノアに言われた通りキャンディには何となくわかっていた。
「でも、結局こっちの家なのね・・。テリュースが選んだのは」
さびしげに曇った表情に、キャンディは手を差し伸べたくなる。
「・・スザナさんや私の事、いろいろ考えた上でRSCでお芝居をすることに決めたみたいです。テリィはお母様にとても感謝していますよ」
「・・いいのよ、アメリカにいた時だって、殆ど本音は話してくれなかったもの。あ、だけど実はね、イギリスに渡ってから頻繁に手紙を寄こすようになったの」
エレノアの口調が急に楽しげに変わった。
「――テリィがお母様に手紙を?」
キャンディには初耳だった。
「あなた達はたくさん文通していたようね。あの子の部屋に、キャンディの手紙がたくさんあったのを見たことがあるわ。でも、私には一度もくれたことがなかったの。なのに急にマメになっちゃって」
テリィは何を報告していたのだろう。キャンディの緊張してこわばった肩が、ガクッと崩れたのは早かった。
「最初は水やりについてだったわ。日照りが続くようなら水を撒いてほしいって。害虫がいないか、変色していないか定期的に見て欲しいとか、肥料をあげてほしいとか」
この超多忙な母にばらの世話を密かに頼んでいたと知り、キャンディは慌てふためく。
「無事に花が咲いた時は嬉しかったわ。淡いピンク色がスウィートで、あの花は、、キャンディ・・?」
キャンディはギクッとした。
(・・もしかして、知ってる?由来をきかれたら何て答えよう―・・、アンソニーの事を話す?――待って、それはどうかしら)
「――キャンディかな、って何度か思ったんだけど確証がなくて・・」
エレノアの言葉にキャンディは再び肩をすくめた。
「あの微妙なグラディエーションが入った花びらの色、何度か見たことがあったわ。私の誕生日に合わせて届けられる花束の中で、そのばらの美しさはひときわ目を引いて―。園芸農家を営んでいる友人に聞いても、見たことが無い品種だと言われ、逆にどこで入手したのかと聞き返される始末。一度だけファンを名乗る白い手袋をした黒服の男性が、黒のベントレーで立ち去る姿を見たことがあったわ。・・あれは—」
そこまで聞いて、キャンディは真っ赤になってうつむき、言葉からがら発した。
「・・きっとギャングですよ。お母さまのファンの層は幅広いんですね・・」
(ジョルジュ、あなた目立ち過ぎよ!もう少しさりげなくできないものなの!)
エレノアはそんなキャンディを見てクスっと笑い、話を元に戻した。
「花が咲いたら剪定するように言われていたから、ちょっと名残惜しかったけど、来年の為なんですって?ばらって奥が深いのね」
「・・・・本当にすみません。面倒をお掛けするつもりはなかったのですが・・」
「いいのよ、あの子の意外な一面が見られて、私も嬉しかったの」
フフっとエレノアは微笑んだが、キャンディはやはり気が引けた。
「・・あの苗、すごく強いんです。放っておいても大丈夫ですから。(なんてたって『キャンディ』の名前が付いてるものね)少しぐらい雑な方が丈夫に育つんです。ほら私みたいに!」
エレノアはクスクス笑いながら「そうなの?じゃ、そうしようかしら?」と言って、ようやく表玄関の方へ向かった。

 


                                                                                      「・・・ここは・・時間が止まったようね・・・」
屋敷に足を踏み入れるなり、エレノアの表情は硬くなった。
カウチに腰を下ろさず、暖炉の上に飾られている古い写真をぼんやり眺めている。
ミス・ベーカーが建てたニューヨークの家とそっくりなこの家―
今どんな胸中でここにいるかなど、キャンディに推し測ることはできない。
(・・触れない方がいいわよね・・)
「甘いものは疲れをとってくれます。どうぞ」
温かい紅茶とお菓子でアフタヌーンティの準備を整えたキャンディは努めて明るく声を掛けた。
「・・・もう、公爵家には挨拶を?」
「いいえ、・・公演中は週に一日しかお休みがありませんから。・・それに、テリィの心が乱れて公演に影響したら大変だし・・、二人の確執は二十年以上ありますから、親子の信頼を回復するのに、どれほどの時間と体力がいるのか、両親がいない私には、よく分からなくて・・・」
キャンディが申し訳なさそうに言うと、エレノアはその答えに同意するように何度か頷いた。
「これ・・――キャンディが使っているの?」

キャビネットの上に置かれている象嵌細工の宝石箱。

片付けておくんだったとキャンディが後悔したのは、宝石箱に入っていたという公爵の手紙を思い出したからだ。

「・・はい。テリィが、使ってくれって―・・ここにずっと残されていたみたいで」

 ――愛するエレノアへ 

 この宝石箱は代々グランチェスター家の公爵夫人が持つものだ。これを君に贈る。
 愛をこめて リチャード


「――あの人、夫人には贈らなかったのね。キャンディなら、この宝石箱が似合ってよ」
「そんなこと、中に入っている物を見てから言ってください」
キャンディの言葉に促されるように、エレノアはそっと蓋を開けた。
銀のバッジと息子のデビュー当時の切り抜き、そして小さなオルゴール。宝石は見当たらない。
「―・・テリュースったら、宝石ぐらいプレゼントしたらいいのに、女心が分からない子ね」
「それが私の一番の宝物なんです。そこにある物は・・お金では買えませんから」
何気ないキャンディの言葉に、エレノアはなぜか息が詰まった。
――純粋な心を持った子なのだろう・・・。

(・・・この子には――)

話しておくべき事なのか、話さなくてもいい事なのか。息子にも話していない若き日の物語を――
エレノアはしばらく沈黙した後、意を決したように切り出した。
「公爵夫人の品なんて、とても受け取れなかったの―・・私のせいでお義母様が亡くなったようなものなのに・・―。それでも、三人で暮らしたこの家が忘れられなかった。・・・未練がましいと分かっていても、建てずにはいられなかった。大して弾けもしないのにグランドピアノまで買って」
「・・ニューヨークの家のことですね?」
「両方を知っているあなたには、知る権利があるわね。・・愚かな女の話よ。聞いてくれる?」
エレノアはカウチに腰を下ろすと、おもむろに話し始めた。


                                    
「――グランチェスター家は王族公爵の流れを汲んでいるらしいの。どの時代の当主にも少なからず王室の血が混じり込んでいて、テリュースの父親・・リチャードはその血が濃かったらしいわ。彼の母親は王室から嫁いできたから。そのせいかどうか分からないけど、リチャードの兄弟は夭逝したり、障害があったりと、ご両親は苦労されたらしいの」
「近親婚・・てことですか?」
「大げさな言い方をするとそういう事ね。当時のイギリス貴族はアメリカの大富豪の娘と縁談を取り付ける風潮があったらしく、ご両親も条件のいい相手がいるならばと、リチャードを留学させたそうよ。新しいを血を入れたかったんでしょうね」
「・・血族のいない私には、異世界のような話に聞こえます・・、」
「フフ・・、私にも母しかいなかったから、同じように感じたわ。私と母は二人三脚で生計を立てていてね、物心ついた頃にはモデルや子役の仕事をしていた私を、母は必死に売り込んでサポートしてくれたの。小さな劇団にも所属して役者の勉強をしながら舞台に立ち、決して生活は豊かではなかったけど、少しずつ認められて仕事も増えてきた矢先、花嫁探しにやってきたリチャードと出会ったの。紳士的な振る舞いに私は夢中になってしまって、間もなくテリュースを妊娠したの。けれど母は結婚に猛反対だった。明らかに身分違いだったし、清純派女優の道が断たれる事を恐れたのね。かといって福音派の母には堕胎は考えられない。妊娠を隠して出産後に里子に出すことを提案されたわ。もちろんリチャードは結婚して二人で育てようと言ってくれたけど、公爵家の方は結婚も出産も認めないと一点張りで。後から聞いた話だと、私の不貞を疑っていたみたい。・・結局結婚もできないまま、隠れる様にこの町で出産して、三人で両国を行ったり来たりしながら色々な問題を先送りに―、いえ、認めてくれるのを待っていたの。・・テリュースの顔を見れば、公爵ご夫妻の心も動くかと思ったけど、甘かったわ。あの子が三歳位になった頃、グランチェスター家の顧問弁護士に言われたの。――私にそっくりなあの子の顔は・・、公爵家の血筋を全く感じないと」
「―!!そんな・・!」
キャンディは思わず声を上げた。
「・・本当に・・血ってなんなのかしらね・・。悔しかったけど、証明なんかできない・・。そんな暮らしを続けていたある日、お義母様が脳梗塞で突然他界してね、ストレスによる心労が祟ったんだろうと、私が原因のような言い方をされて・・。確かにその通りなんだけど、だけど、それ以降、お義父様はもっと辛辣になって・・。そんな折、アメリカの有名な監督の主要キャストに合格するという思わぬ幸運を手にしたの。せめて大好きなお芝居の世界でだけでも、私を認めて欲しかった。そんな私にリチャードはいい顔はしなかったけど、公演中はテリュースの面倒を見てくれたわ。そんな時事件は起きたの。母が目を盗んでテリュースを里子の施設に預けてしまってね、激怒したリチャードと母が口論になって―・・、慌てた母が階段を踏み外して・・。ほんの数段だったのよ?・・だけど体が不自由になってしまったの。私が実家に戻って母の世話をすることで、家族の生活は自ずと分裂し、私とリチャードの間に言い争いが絶えなくなっていったわ」


 『――別れるしかないのよ、イギリスへ行ったところで、お義父様は私を認めて下さらないっ、あなたは家を捨てられないんでしょ!?あの子は私が育てるわっ、あの子に会わせて!』
 『君だって同じじゃないかっ、私より母親や芝居を選んでいる!テリュースにはグランチェスター家の血が流れている、渡すわけには行かない!だいたい女手一つでどうやって母親と幼子を面倒みると言うのだ。お願いだ、イギリスへ来てくれ。必ず父を説得する・・!』


「お互い自分の主張だけを通そうとして、相手の事情を受け入れようとしなかった。私たちはある意味、似た者同士だった・・。話が平行線のまま、彼の在米予定期限が近づいた頃、イギリスのお義父様の容態が悪いと電報が入って、帰国したのを最後に戻ってこなかったわ。テリュースを連れて・・」

 
 ――待って・・!テリュースを連れてかないで、私のテリュースを・・!

何をどうすればよかったのだろう・・。
どちらに非があるとも言えない過去に、キャンディの胸はそこはかとなく重くなる。
「・・二人を失って、自分にとって何が一番大事なのか身に染みたわ。だけど母を見捨てることも舞台に穴をあけることも出来なくて、なかなか踏ん切りがつかないでいるところに母が亡くなったの。――もう迷いはなかった。役を降りてウエディングドレスと決意を胸に渡英したの」
「・・あのウエディングドレスですね」
キャンディは一瞬ドキっとした。自分がボロボロにしてしまったからだ。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。キャンディはエレノアの話に再び耳を傾ける。
「・・そうよ、でも遅すぎたわ。彼は既に他の女性と結婚した後で、彼女は妊娠もしていた。お父様が決めた婚約者だって風の噂で聞いたわ。公爵家にとっては最初から私なんて、眼中になかったってことね」
エレノアの目から一筋の涙がこぼれた。
「ロンドンのお屋敷の庭を塀越しに覗いたとき、テリュースが目の覚めるような白馬に乗って、私の前を走りぬけたの。・・住む世界が違うのだと、ここに居た方が幸せなのだと思った・・」

その言葉を聞いて、キャンディは胸が締め付けられた。
その後テリィがどんな運命をたどったのか知っていたからだ。
「・・私は家族を捨てたおろかな女なの・・。あの子に嫌われて当然なのよ」
自責の念に押し潰されそうなエレノアを見て、「それはちがいます・・!」と、たまらずキャンディは大声を上げると、エレノアはビクっとして顔を上げた。
「・・テリィは何も言わないかもしれませんが、お父様とお母様を愛しています。ちゃんとお母様の背中を見て育っています!でなければ、役者を目指したりしません。そしてお父様の生き様を見たからこそ、この家に戻ってきたんです。もしお母様が後悔しているとおっしゃるのなら、もうこの先はしないでください」
キャンディはテリィの思いを代弁するようにきっぱりと言った。
失われた親子の時間―
自分とテリィとの空白の十年―・・
キャンディはエレノアに言いながら、ふとその事が重なり、静かに言った。
「私・・間違っている道を選んだと友人に何度も言われました。好きな人をどこまでも追いかけるべきだって・・。だけど私にはできませんでした。私は道を選んだわけじゃない・・。ただその道しかなかった・・。あの時、私も、テリィも・・」

 


 © 水木杏子・いがらしゆみこ

 

――お母様もきっとそうですよね・・?
エレノアはキャンディの心の声に気が付いた。
「私を育ててくれたポニー先生が口癖のように言う言葉があるんです。『その道を信じて歩み続ければ、きっと道は拓ける』って。どの道を歩むのか、ではなく、どう歩むのか。一番大切なのはその人の心構えだと。・・お母様はテリィに心を寄せ、心を痛め、幸せを願っていたはずです。でなければ、ここぞというタイミングで手を差し伸べることなどできません」
エレノアはハッとした。
「―・・あの子、あなたに何か言ったの?」
「どうしようもなく行き詰った時に、何度か助けて貰ったと―」
「・・助ける・・?私は何も―・・母親として、当たり前のことを・・」
エレノアには大した心当たりなどなかったが、直後キャンディは語気を強めた。
「当たり前じゃないんですっ!それがどれほど偉大な事か、お母様にしかできない事だったんですっ」
言われた直後、エレノアの心はパァ・・と光に包まれた気がした。
「テリィの心が分かっていたのは、お母様だけでした。いえ、お母様、だからですね。テリィ、感謝していました。そして私も、同じぐらい感謝しています。・・どうお礼を言っていいか分からないぐらい」
「・・キャンディ―・・あなた・・」
人の痛みに寄り添える女性。キャンディから滲み出る陽だまりのような温かさ。
息子がキャンディに惹かれる理由が、エレノアには分かった気がした。

「・・私ね、アメリカに戻ってからしばらく芝居から遠ざかっていた時期があったの。お酒を飲んで遊び歩いて―・・芝居に対してこの程度の情熱しかないのに、こんな不埒な母親の犠牲になったあの子に申し訳ないと自分を責めた。・・そんな時出会ったある役が、私を救ってくれたの。私生児をもつ貧しい女性の役だった。彼女は身を粉にして働き、時には髪を売り、歯を売り、身体を売って、奉公に出した娘に懸命にお金を送るの。奉公先の主人に騙されているとも知らずに・・最期まで娘の身を案じて絶命するの。私にはそんな彼女の気持ちが痛いほど分かった。体当たりで役に挑んだら反響があって、そのフランス文学作品が私の出世作になった。・・この道で生きていくことを決めたの。芝居の犠牲になったあの子の為にも―」
エレノアの言葉はキャンディの胸に深く響いた。
「―・・なんだかテリィの話を聞いているみたい・・。親子ってそんな所まで似るんですね・・、」
キャンディは目じりに溜まった涙を指で拭いながら、おどけるように舌を出した。
「・・・似て欲しくない部分だったわ」
「でも、私には少し羨ましいです―・・フフっ・・」
(――あ・・・)
エレノアはその時、包み隠さず話してしまったことを少しだけ後悔した。
母親だの、捨てただのと言う言葉は、孤児のキャンディの前で使ってはいけなかったと。
エレノアが気まずさでいっぱいになった時
「・・と、ところでお母様、・・・お借りしたドレスのことですが~・・」
故意なのか偶然なのか、急転直下のごとく話題を変えたキャンディのバツが悪そうな声に、エレノアは助けられた。
「テリュースからの手紙に書いてあったわ。あのドレスは『無事に大役を果たした後、天に召された』って。ふふ・・天寿を全うしたようね。ドレスも日の目を見ることができて良かったわ」
とたん、キャンディは全身から火が出る様に真っ赤になった。
「・・そ、それは、もう・・大往生で―」
白い歯を見せながら引きつり笑いをしているキャンディを見てエレノアは微笑んだ。
「キャンディとスコットランドで初めて会った時、嬉しかったわ。こんな素敵な子があの子の近くに居てくれているとわかって」
「な、何をおっしゃっているんですっ」
突然の告白にキャンディはうろたえる。
「本当よ。あの時からずっと二人を応援していたの。あなた達、あの後すぐにアメリカに来たでしょ?それを知って、直ぐにあの家をあけ渡す準備をしたんだから。・・今思うと、大分気が早かったわ。・・あなた達の苦しい時期を見てきて・・でも、息子の幸せだけは諦めきれなくて・・、ついあれこれと。あなたのママになれて本当に嬉しいのよ、キャンディ」
そう言ってエレノアはキャンディの手を優しく握った。
「・・ママ・・」
母親というのは、こんなにも柔らかく温かい存在なのだとキャンディは初めて知った。


4-16  エレノア・ベーカー

 


画像お借りしました


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