★★★1-5
「ただいま・・・」
「キャンディ、まあ!びっしょりじゃない。レインコートはどうしたのっ!」
「ちょっと頭が痛いの…、みんなに移しちゃうと大変だから、先に休んでいい?ご飯はいらないわ」
相変わらず様子がおかしいキャンディをレイン先生は気に掛けてはいたが、思春期の子供を持つ多くの母親がそうするように、本人から何か言ってくるまでは干渉しないでおこうと決めていた。
「ちゃんと体を拭いて、温かくして寝るのよ」
「おやすみなさい・・・」

部屋に入ると机に置かれたままの白い封筒が、これは現実なのだとキャンディに知らせている。
雨と風はますます強まり、まるで自分に向けた怒号のように激しく大地を打ち鳴らしていた。
「・・バッグが濡れちゃったわ―」
キャンディはハッとして、バッグの中から手帳を出した。
――大丈夫、無事だ。


 期待の大型新人!輝ける新星現る! テリュース・グレアム!
 ストラスフォード劇団公演 「リア王」でのフランス王に異例の大抜擢!


アメリカに戻って初めて、テリィの消息を知った時の記事。アニーが見つけて私に送ってくれたものだ。
以来どこに行くにも持ち歩いているので傷んではいるが、凛々しいテリィの姿はまだハッキリしている。
何もない所から一からスタートしたテリィ。これを見ると、自分も頑張ろうと元気がでる。
これだけは傍に持っていたかった。
「あ、大変・・!」
しずくが落ちた。
慌てて拭いた時、窓の外からヒヒーンという馬のいななきが聞こえた。
「・・・シーザー?馬も嵐が怖いのかしら―」
厩に目を向けた時、稲光の中を馬に乗って滑走するテリィの姿が見えた気がした。
セオドラに騎乗し、何かを吐き出すように学院を森を駈け抜ける孤独な姿―
学院にいた時から誰にも心を開こうとしなかったテリィ。
栄光を掴み、経験を積み、社会的な立場を得た今でも、もしかしたらテリィの本質はさして変わっていないのかもしれない。いや、人の本質は簡単に変わるものではない。
多くの劇団員が所属する中にいても、大勢のファンに取り囲まれていても、テリィは今も独りで―
そう思った時、跳びはねる雨の飛沫の向こうにテリィの姿がフッと消えた。
「・・・テリィ、あなたはこの十年、何を考えていたの・・・?・・―スザナとは、どうなっていたの?」
スザナを愛している芝居を、ひたすら続けていたのだろうか。
それともスザナの方が、愛されていないと承知の上で受け入れたのだろうか。
どちらにせよ、本当の幸せとはかけ離れている―

結婚という文字の入った記事は、何度か目にした。
既に教会を予約し結婚秒読みと当初は報道されていたが、何故か挙式の記事が出ることなく数年の年月が流れていった。
そして、突然すぎる訃報を目にしたのは今から一年半前、ちょうどシカゴの本宅を訪れていた時だ。
アルバートさんが神妙な面持ちで、まだインクの臭いがする新聞記事を指さした。

 

 『――キャンディ、これ・・・』

 悲運のジュリエット スザナ・マーロウ  愛するロミオ・テリュースに抱かれ永眠―

 『・・・うそ―』
突然の報道に息が詰まり、私はソファに倒れ込んだ。
体を患っているという記事は見たことがあったが、後遺症の類かと深刻に捉えていなかった。
志半ばにして旅立たなければならなかったスザナ。その無念さを思うと、涙が止まらなかった。

 『・・ニューヨークへ行くかい?今なら葬儀に間に合うかもしれない』
まるで水の中にいるように、アルバートさんの声が遠くの方から聞こえた。
悲しみに打ちひしがれているだろうテリィ―・・
けれど今の私は、慰めてあげることはできない。
私はとっくの昔にテリィの前から姿を消した人間なのだから。


 A broken egg cannot be put back together. 潰れた卵は元通りにできない。
           

 『―・・・お花を届けてほしい。白いばらの花束を・・・・』


私にできることは、東の空に向かってスザナが安らかに眠れるように祈ることだけ―


 『分かった。ジョルジュ、今すぐマーロウ家へ向かってくれるか』
 『かしこまりました』

 

ジョルジュは直ぐに向かってくれた。
今考えてみると冬に向かう季節にばらをリクエストするなんて、どれほど冷静さを欠いていたのだろう。
手書きのメッセージカードには名前は記さなかった。
名無しの花など、受け取ってもらえないかとも思ったが

 『無事にお届けいたしました』
三日後に戻ってきたジョルジュは、いつも通りのポーカーフェイスでそう答えた。
 『それで、テリィには会えたのかい?』
アルバートさんの問いに答えたジョルジュの言葉が、分かり切っていた現実を私に突きつけた。
 『お屋敷にはいらしたようですが、面会は叶いませんでした。この家のあるじにお渡し願いたいとメイドに申し込んだところ、テリュース様ですね、との返事を頂きましたので、間違いないかと』
あるじ―・・・・。テリィはマーロウ家のあるじなのだ。

後の新聞で知った事だが、スザナは体のハンデに臆することなく、ナレーターや戯曲の執筆などの仕事を精力的にこなしていたらしい。
仕事が軌道に乗り始めた矢先体調に異変が生じ、テリュースは多忙なスケジュールの合間を縫ってスザナの闘病生活を懸命に支え、病状の改善に八方手を尽くしたと書かれていた。
夫婦同然でありながら結婚しなかったのは、命の期限を知ったスザナのテリュースへの愛の証しだったとか、経歴に傷がつくのをテリュースが避けたとか、さまざまな憶測の記事が飛び交った。

 

 

1-5  スザナの死

 


 

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ワンポイントアドバイス

ファイナルストーリーによると、キャンディはテリィのデビュー当時の記事を、長い間どこに行くにも持ち歩いていたようです。

 

下巻185 『期待の大型新人!輝ける新星現る! テリュース・グレアム!
 ストラスフォード劇団公演 「リア王」でのフランス王に異例の大抜擢!』

 

 A broken egg cannot be put back together. 

潰れた卵は元通りにできない。

日本のことわざに当てはめると、「覆水盆に返らず
          
 

 

  

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