次の朝ノンビリと開店の20分前に店についたら、入り口には人だかりができていた。
おそらくスロットか何かのモーニングだろう。
【注・・・当時は朝一からスロットを打つ客を対象に、数台に1台ぐらいの割合で最初から7が入っている台をサービスで用意していた】
開店時間の10分前にドアが開き、モーニング狙いの客が一斉にスロットコーナーへ走り出して行ったのを尻目に、私は昨日座ったルーセントの台へ行き、クギが変わっていないことを確認してからライターを上皿に置いた。
開始時間までマダ間があったので、私が何の気なしにコーヒーを飲みながら店内をブラブラしていると・・・居たのだ!
ベンツ小林が!
情けないが、私はビックリしてしまった。
なにせ雑誌に出ている人物が眼の前にいるのだ。
”ああ、ホントに居たんだ・・・”
彼はクルクループ(注)のシマで知り合いと談笑しながらコーヒーを飲んでいた。
【注・クルクループ・・・デジタルではなく、クギ調整のみでデキが決まる飛び込みタイプの権利モノ。この手の台で稼ぐには相当な腕のあることが前提条件となる】
声をかけようかとも思ったが、イザとなったらどうも気後れしてしまって言葉が出なかった。
私は知らん顔をしてルーセントに戻り、開店の音楽が鳴ると黙々と打ち出した。
その日も結局、陽が暮れるまでルーセントを打っていた私だったが、合間合間にコッソリとベンツさんの様子を伺いに周りをウロチョロして観察していたのだが・・・
1列・20数台あったクルクループの中で、彼の台は明らかに大当たり回数が多かった。(クルクループの客付きはほぼ100%)
これがデジタル台だというのなら話は別だが、飛び込みタイプの権利モノとなると1日のアタリ回数に台の優劣が出やすい。
私の眼力では判断がつかなかったが、おそらく彼(ベンツ小林)はクルクループのクギと台の個体差(いわゆる、ヤクモノのクセ)を正確に判別していたのではなかろうか?
とするならば、彼の力量は相当なものだろう。
雑誌で公開している日記には多少の色は付けていたかも知れないが、それを補っても余りあるモノが彼にはあるような、そんな印象を私は持った。
そう考えたのには実はそれなりの根拠があって・・・
この日の夕方6時ぐらいだったろうか、休憩がてらクルクループのシマへ行ってみるとベンツさんの姿が見えない。
そして、彼の打っていた台は空席になっている。
”エッ、もうアガったのか!?”
当時普及しだした台枠上に設置してあるデータ端末から計算すると、ザックリ言って3~4万円ほどは抜いて行ったことになる。
”クギは!?”
私は着席して、クルクループ特有のクセのある入賞口とその付近の誘導部分のクギに眼を凝らした。
・・・・・・・分からない(笑)
ここで台のクギ調整がパッと見抜けて ”ベンツの奴も良い腕を持ってるな” などと言えれば恰好が良いのだが、私の力量では無理だった。
もともと、この手の台はクギ調整が微妙な事に加え、おそらくは個体差によるデキが大きかったのだろう。
また言い訳ついでに加えると、一般に攻略をやる人間というのはネタの数値や手順などに関してはシビアなのだが(アタリの幅が0.3秒だとかランプ同調が100分の1秒だとかetc)、その分クギ調整に関してはいい加減になる傾向があるのだ。
私はルーセントのシマへ戻って出玉を交換し、すぐさまベンツさんの打っていたクルクループへと台替えした。
”なんだ、マーク屋(注)みたいな真似をして、セコイ奴だな”
【注・マーク屋・・・他人の打っていた優秀台の後釜を狙う連中のこと。自分で台選びをするだけの力量が無い人間が多い】
そう思われるかもしれないが、私はカネが欲しくてベンツさんの後番に座ったわけではない。
確かめたかったのだ。
その台の性能を。
果たして1時間ほど打ってみた結果分かったことには・・・その台は間違いなく優秀台だった。
飛び込み率もさることながら、何よりもヤクモノのクセが抜群だったのだ。
”ベンツはホンモノだ”
それが分れば良い。
私はナゼか納得した気持ちになって、1人勝手に悦に入っていた。
だが、納得して気持ちが落ち着くと急に私は自分のマーク屋もどきの行動が恥ずかしくなり、そそくさと席を立って店を出たのを覚えている。
”ここはベンツのホームグラウンドなのだ。ひょっとしたら彼がひょっこり戻って来るかも知れない。そしたら・・・・・”
そしたら、マーク屋もどきの自分としては気まずい事この上ない。
もちろん、仮に彼と出くわしたとしても何か文句を言われる事は無いだろうし、そもそも彼の方が私の事なんか気にも留めていなかったとは思うが・・・
時折コーヒーを持って、素知らぬ顔で後ろからコソコソ台を盗み見していた事が心の何処かにヤマシサとして引っ掛っていたのだろうと思う。
なので、私はそそくさと席を立ち店を出たのだ。
店を出ると、辺りはスッカリ暗くなっていた。
私は景品をカネに換えるとクルマに乗り込み、今度こそ本当に帰るべく高速へと向かった。
おわり