長野群馬県境のドライブインという怪談実話は有名ですが、あの怪談はおそらく2013年頃の話だと思います。

私たちが件のドライブインを見たのは、1991年か1992年のことです。

有名な2013年の怪談の中に登場する失踪者の女性が失踪した頃より更に10年は前の話。

長野諏訪出身の父母の実家の墓参りの帰り道でした。

峠を越えて、群馬を通り抜けるつもりでした。峠のトンネルを抜け、山の森林を通る道。

1本道で間違えてはいないと旦那は言っているが、道でも間違ったのかと思われるほどまったく街の明かり一つ見えてこない。

かれこれ1時間40分以上走っている。

暗闇の林間を走っていると妙な感じがしてきたのだ。空間が変なんだ。時間も怪しい感じ。

長野や山梨の方ならわかると思うけど、山道ならつづれおりに道が曲がっているのが当たり前なんだが、

この1時間以上緩やかなカーブしかなかった。絶対おかしいと思った。

ガソリンも心配だし、何よりペットボトルの飲料が大好きな旦那はすっかり飲み終わってしまった。

自販機でも見つけたなら寄って買いに行きたがる頃あいだ。

地図を眺めたが、道は間違っていないようだ。この時代はカーナビも携帯も持っていなかった。

一般的に普及していなかったのよ。

おかしいねーって言いながら、車を進めていると、こんな山の中にドライブインの明るい看板が見えてきた。

だが、まがまがしい感じがわんわんとする。

ペットボトル飲料ほしさに寄ろうとしたら全力で反対してやろうと、

ぎゅっと握りしめた拳がガタガタ震えていたのだが、あっさり通過した。

すると20分もたたないうちに街の明かりが見え、町の中のコンビニエンスストアに到着した。

そこでなぜさっきのドライブインに寄らなかったのかと聞いたところ、「古臭いの嫌いなんだよ」

とのこと。 助かった。旦那の新し物好きのおかげで危うきを逃れることができた。

2013年の長野群馬県境のドライブインという怪談を読んだとき、これ同じドライブインだと思った。

本当にあの時寄らなくてよかった。死んでたかもしれないと思うと今でもドキドキする。


長野群馬県境のドライブインの話と私たちの時の共通の部分はドライブインが見えてくる前、

所謂逢魔が時に件の場所に差し掛かり,日没に至るまで異常に間延びしたドライブ時間があるという事だ。

異世界へのワープの工程なのかもしれない。

 

昨日、14歳4か月で、家族の一員だったチワワの裸で輝く男ことらきお、ラッキー君が虹の橋を渡りました。朝ご飯を用意している間にけいれんと呼吸が止まり、命の炎が燃え尽きたのです。
水頭症と戦い、すごいあっぱれな最期でした。
かわいらしい顔とふさふさのロングコートが自慢のわんこでした。人に興味がなく、犬それも男ばかり好きで、やさしい男でした。
水頭症はチワワにありがちな病気です。6歳ぐらいから寝ていることが多くなりました。と同時に鼻水が多くなりました。
8歳ぐらいから眼球が時々ぐっと突き出るようなことが目立ってきました。
10歳を超えてから、白内障、緑内障、後ろ足の亜脱臼もちょっとあり、散歩の距離が減りました。
13歳の時、水頭症の耳からの感染症で急性増悪。プレドニン、抗生剤服薬で、眼振やふらつきは多少改善したものの、徐々に歩けなくなり3か月後には寝たきりになりました。その1か月後には初めてのけいれん発作。ここから、食事が徐々に難しくなっていきました。右側の口に力が入らなくなり、硬いフードは食べることができず、ふやかしたものも嫌いで、あの手この手の暗中模索が始まりました。
おむつは普段家に寝ているときは動かないので、人間のたっぷり安心吸収を2~3回に分けてあてがいずらして使いました。この頃膿皮症になり、背中を剃り治療しました。
けいれん発作は3か月に1~2回起きました。けいれん発作が起こるたび麻痺が進み、体の動かせる場所が減りました。膿皮症は完治することなく、皮膚のあちこちで再発。こまめにシャンプーすることしかできませんでした。大体1日おきか2日おきにシャンプーしました。
14歳の誕生日の後のけいれん発作の後ぐっと悪くなり、何も食べることができなくなりました。ペットと一緒に食事できるレストランに行きみんなでディナーを食べました。するといい匂いに誘われたのかお肉にくらいつき、元気を取り戻しました。匂いはまだ効くようでした。またしばらく元気に寝たきり生活をしておりましたが、1週間前に突然けいれん発作がおこり、また食べることができなくなりましたが、大好きなちーかまやマクドナルドのチースバーガーのお肉を少し食べてくれました。
昨日は具合が悪いのか、私の姿が見えないと鳴いて呼びます。普段はおしっこ出たときやお腹すいたときだけ鳴くのですが。チュール総合栄養食を1本食べてくれました。水を飲んだ後夜8時ごろに強いけいれんが起きました。1時間たってもやむことがなく、ダイアップ4mg1本入れました。ウンチと一緒に出てしまい。2回入れ戻しました。3時間以上だっても収まらず、もう1本入れました。まったく効果なく、獣医さんに電話相談。もう打つ手はないとの回答。時間も11時過ぎ。仕方なく激しいけいれんをただ茫然と眺めるのみ。朝6時激しく飛び出ていた眼球も引っ込んで、けいれんも穏やかになりましたが、やむことはなく6時10分ごろ、けいれんが止まると同時に呼吸も止まり、犬生を静かに終えました。
水頭症と戦い、苦悩した日々が終わりを告げたのでした。
家族みんなでペットセレモニーで火葬、パウダー処理していただき、帰ってきました。
この日記が同じ病気で困っている、悩んでいる方の一つの目安になればと思います。

かなり昔。
子供の頃。
家族で夏休みに、古城跡に行きました。

親がなぜそこを選んだのかは不明です。

石に〇〇〇城跡と彫られていました。
駐車場には、他の車はなく、私たちの車1台のみでした。
人里離れた感じで、少し小高くなっていました。

みんなで、散策コースを巡っていると、少し林になっている感じのところで、
明らかに、そして確かに女性二人が談笑している声が聞こえてきました。

先に林の向こう側に到着していた家族に
私:「あれ?女の人たちいなかった?」
家族:「いないよ。」
私:「おかしいなぁ、確かに女の人たちが、コソコソと楽しそうに話してたの聞こえたけど。」
「あと、ちょっと遠くで男の人の声も聞こえたけどなぁ」
そういうと石が積みかねられた四畳半くらいの穴に兄弟が入って遊んでいました。
親:「中に入ってごらんよ。上がれないなら、引き揚げてあげるから」
私:「出れなくなるのが怖いから、やだ。」

その穴を見つめているとなにやらとてつもなくかなしいとか
怖い気持ちがするのです。

普段多磨霊園など平気で歩き回っているくせに、あのお墓たちよりも
ずっとつらくかなしい穴に思え、ここに入ることは、
ここにいる人に対する失礼なことに思えました。
なので、確か入らなかったように記憶しています。

声がした話を親に伝えると急に帰ろうということになり、一同駐車場に向かいました。
「やはり自分たちの車しかない。」「おかしい。」「気持ち悪い。」
と両親はすぐにそこをでました。

現在その穴はふさがれているようです。

鎌倉時代末期1300年頃から南北朝時代に常陸平氏の城であったそうです。
その後江戸通重の次男が土着して足崎氏を称し、戦国末期まで当地を治めますが、
1590年の佐竹氏による江戸氏攻撃の際に多良崎城も攻略され、城は落城。
私の聞いた声はまさに常総平氏か佐竹氏に滅ぼされた人たちの声だったのでしょう。
わずか500年~700年でも、想像もできないくらい昔のことのように思えるのは、
私だけなんでしょうか。