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不幸というものは、耐える力が弱いと見てとると
そこに重くのしかかる。
Shakespeare
季節の移ろいは早かった。
来春の卒業を控え、進路を決めないといけなかったり、併せてナクと歩む近い将来についても深く考える必要があった。
一人暮らしを始めるとなると両親に協力を求めないわけにはいかず、落ち込んでいた学力を回復させるとともに、まずは説得するための材料を拵えることから始めた。
ナクの卒業まで一年以上もあるので、とりあえず両親に一人暮らしを承諾して貰えさえすれば時間的に余裕ができ、途中での軌道修正も吝かではなかった。
いずれにしても、寮生活はもうこりごりだ。それは両親も同じ気持ちだったと思う。
篭の中、鳥は気まぐれに囀り、羽をかきつくろう、それはまだ見ぬ遠い世界を想ってのことだ。
ナクに一緒に住みたいと話した以降、お互いその話題に触れることはなかった。
ナクの両親がそれを許すはずがなく、僕が頭を下げたところで効果があるとは思えなかったし、冷静になって考えると実現性に乏しい計画だった。
だけど、お兄さんのことを引き合いに出して一旦僕が預かる形で話しを進めてみたらどうだろう?こうなったら自分の両親を巻き込んでも構わない。
ナクの両親が今の現状をどう捉えているのかわからなかったけれど、息子の対応に苦慮しているのであれば案外話を聞いてくれるのかもしれない。
淡い期待を抱きつつ、ナクの両親には自分の考えを正直にぶつけてみることにした。
その前にナクの意思を確認しないことには始まらなかったが、ナクが決断に迷っているようであれば、僕の考えを押し通すつもりだった。
それぐらいナクの心理状態は不安定で危うげな感じがしたんだ。
一先ず、お兄さんから引き離すことが肝要だった。
僕たちは麗らかな秋晴れのもと、デートと称してよく公園を散歩した。
森閑とした空気は心を癒し、凛とした空気の中に金属質の鼻につくような乾いた匂いを見つけ、日ごとに強まる秋の気配に懐かしさを覚えた。
この時期は天候が変わりやすく、しばしば霖雨に打たれることもあったが、空が狭く雲が近くを漂っているせいでどこか温かみがあり、寒さはあまり感じなかった。
落葉に汚れ、たまに他愛のない喧嘩をする時があったけれど、いつの間にか自然に仲直りしていた。
普段通り、学校の帰りに駅で待ち合わせをして上りの電車に乗り、最寄り駅で別れるはずだったナクが珍しく駄々をこねた。
「今日はたくの駅まで送っていってあげるよ」そんな申し出は初めてだったし、女の子に送ってもらうのは正直照れくさかった。
「その後どうするの?」
「折り返してまた戻ります」指先を伸ばした手を頭の横に翳し、敬礼の真似をするナク。突然の事だったので危うく噴出しそうになった。
「大丈夫だよ、お心遣いありがとうございます」同じく被ってもいない帽子のつばを上げる仕草で対抗した。「まあ、紳士的でいらっしゃるのね」真似をしないでよと皮肉を込めて目を細めるナク。その元気な姿を見て安心したんだ。
「家でご飯でも食べて行けば?母ちゃんが喜ぶよ」
「今日は遠慮しておくよ、お兄ちゃんとの約束があるから」
「またそれか」
「たく、大丈夫だよ、卒業までの間だから」
「それは、その、例の件を考えてくれるということ?」嬉しさを半分隠しながら僕は聞いた。
「そういうこと」ナクはまた敬礼の真似をしようとしたが途中で動作を取り止め、代わりに僕の手を強く握ってきた。
その手の温もり、それが愛しいと感じられたらもう終わり。離れることなんてできっこない。二人を繋ぎ止めるその温もり。
世の中は単純だ。難しくしてるのは他ならない自分なんだ。
ナクをきつく抱きしめて、お別れのキスをした。やるべきことは決まった。
「早く家に帰るんだよ」
「らじゃ」今度こそナクは 手を頭の横に翳し両肩を上げ、おどける仕草をしながら舌を出して笑った。
そしてお互い小さな会釈をして別れた。
いつも通りの日常がそこにはあった。
数日して、ナクと急に連絡が取れなくなった。それは突然のことだった。
いつも乗る朝の電車で姿を見掛けなくなって、三日ほど経った。
急に不安になり、ナクといつも一緒に通学をしている友達を駅で捕まえて、ナクのことを尋ねてみた。
友達は同じ高校で自宅も近い。何かしらの事情を知っているはずだった。
「ナクと連絡が取れないんだけど、何かあったの?」努めて冷静を装いながら聞いてみた。
「もともと体が弱かったから、急に体調が悪くなって入院したのかもしれない」そう友達は言ったが、よほどのことでもない限り、病院からでも電話ぐらいできるはずだった。
両親とも連絡が取れない様子で、ナクは学校も休んでいた。
「学校には両親から連絡が入るはずだよね?先生は何も言ってなかった?」今日確認をしてみると友達は言ったが、明らかに態度が余所余所しく、何かに怯えている印象を受けた。
釈然としない返答があり、問いただしたい欲求に駆られたが、これ以上友達を責めるように詮索することはかわいそうになり諦めた。
「何かわかったら連絡をしてね」そう念を押し、頼みの綱であることを伝えた。
友達は何かを言い掛けたが、それが口から発せられることはなく、去り際に一度僕のほうを振り返った。
憐れむような眼差し、やはり彼女は何かを知っているのだと思った。
いずれにせよ僕に出来るのはナクを信じて連絡を待つことだった。
心細い気持になったが、何か理由があってのことなんだろう。
僕が無駄に騒ぎ立てをする必要はなかったし、しばらくしたらナクが傍にいる
いつも通りの日常に戻るものと信じて疑わなかった。