物語は銀盤の上を緩やかに滑りながら、霞がかった何筋もの清流が伸びている深い場所に転がり落ちた。
僕はほのかな明かりを頼りに、草のこそばゆい感触を裸足に感じながら、川の流れに沿ってあてもなく歩き出す。
歩を進めると、柔らかな音色を奏でながら、弱々しい何かがふわふわと漂いだした。興味を示し纏わり付くように感じるそれは、僕の様子を気まぐれにうかがいながら、どこか楽し気であり、明かりの角度によってはすごく怒っているようにも見えた。「おこりんぼさん、ついておいで」
ここはどこなんだろう。
見上げた星空は遥か後方にあるようで光彩の瞬きは見て取れず、本当に天蓋があるのかどうかさえ疑わしかった。
ただ、月と見紛う明かりだけが、ぽっかりとそこに浮かんでいた。
やっと届いた星の明滅は全てそれに吸い取られてしまっているように思え、大切な煌めきをいつか吐き出してくれるように願った。
落ちたのは物語だけのはずだったんだ。
僕までここに存在する理由を誰かに尋ねてみたかった。
ある日、ふわふわとしたものが囁きだした。
「ああ、そうか」
そもそもここには時間軸というものが存在しないんだね。過去から現在、自分が望めばどこに身を置くことも可能なんだ。
それは未来まで続くと思わせながら、いつかは消え行く容だった。
居心地がよくて、永い間、ここに留まり過ぎてしまったようだよ。
ずいぶん前から出口があることは知っていたんだ。
隠れていたんじゃない、一人になりたかったんじゃない、全てに応えられない自分を嫌悪していただけなんだ。
今度はしっかりとした裸足の感触を確かめながら、僕は歩く。
今ならきっと大丈夫。
そう思えたとたん、ふわふわとしたものは
頬に触れた最後、どこかに消え去ってしまった。
明かりはいつの間にか月にかわり、僕もかわる。
そこに生まれたのは、全うしようとする朧げな力だった。