みんなお変わりないですか?


3月11日から、あっという間に4月になってしまいましたあせる

なんだかね。。。

地震の後に、仕事仲間のEさんと「生きる」ってなんだろうね?って

話していて。

例えば、死んでしまった後とかね・・・。どうなるんだろうなんて。


そんな事を話していて、結局出た結論は死んだ後なんかには地獄なんか

なくて、今生きているのが地獄なのかもね。。。なんて話していたの。


だって、今回の震災でこんなにも沢山の人が亡くなって、たとえ生きていたと

しても、家や街が亡くなり、家族や友達、大切な人が亡くなって・・・。


そんな抱えきれない程の悲しみやキズを持ちながら生きていく。

そんな事誰も望んでないし、そんなの苦しすぎるもの。


でも、今回の震災で一つ確信した事があった。

生と死の境目なんて・・・ないんだって。


助かった人は、助かるようにできてる。

生と死の境目ではなくて寿命「命の長さ」は決まってるんじゃない?


話は戻って、今日そんな話をしていたEさんに一つの本を貰ったの。

それは、まさしくこの前二人で話していた内容の本で書いてある事に

ビックリしてしまったから・・・。


思わずブログに書いてみた本


その本は、五木 寛之さんの「大河の一滴」

その一部分を書くね。


「私たちはいまたしかに地獄に生きている。

しかし私たちは死んで地獄へ堕ちるのではない。

人はすべて地獄に生まれてくるのである。

鳥は歌い花は咲く夢のパラダイスに、鳴物入りで祝福されて

誕生するのではない。


しかし、その地獄のなかで、私たちはときとして思いがけない

小さな歓びや、友情や、見知らぬ人の善意や、奇跡のような愛に出会う

ことがある。勇気が体にあふれ、希望や夢に世界が輝いてみえるときもある。

人として生まれてよかった、と心から感謝する瞬間さえある。皆とともに笑い

ころげるときもある。


その一瞬を極楽というのだ。極楽はあの世にあるのでもなく、天国や西方浄土

にあるのでもない。この世の地獄にただなかにこそあるのだ。

極楽とは地獄というこの世の闇のなかにキラキラと光ながら漂う小さな泡のような

ものなのかもしれない。人が死んだのちに往く最後の場所では決してない。

「地獄は一定」・・・」


この一文を読んで、今この本が私の所にやってきて・・・。

これが答えなのかもねって。思った。


だからね、今私が伝えたかった事は、これ以上の苦しみは今ここにしかないってこと。

見えない先の事を悩んでも、不安になってもしょうがないんだよね。


もし、今絶望や悲しみの中にいる人がいたら、生きているだけでもすごいんだよって

伝えてあげたい。

地獄の中を生きているんだよ!!すごいじゃん。生きているだけでも十分だよね。


そして、命の長さも決まっている・・・だからね、その小さな歓びや愛を沢山感じて、極楽を感じる。


ただね、自分で「生きる」というゲームを終わらせるのはルール違反だし、もっと重い

ペナルティーが科せられるのだと思うよ。


よかったら読んでみてね~ひらめき電球今読むと、とくに考えさせられるはず。

そして、Eさん本有難う。




★twinkle stone★