先日のこと…
次男が、兄ちゃんへけんかの仕返しをしながら、
「兄ちゃんがイジワルしたけん、オレも同じごと仕返しする!それはキマリやけん!」
とかたくなさをむき出しに言ったとき、夫が
「世の中に変えられないキマリはないんだぞ、○○。(次男の名前)」
と言ったんですね。たった、一言。
私は、
息子の表情を確認するどころか、
洗っていた皿を手元から落としそうになった。
変えられないキマリはない。
私自身がキマリとしていること一体その根拠とかは意味があることなのだろうか?
キマリシールを一度貼ったらはがしちゃいけないみたいに決めてなかったか?
とか一気に頭の中がぐるぐるしました。
なんでも変えられる。
自分が心地よく、ついでに人も穏やかになれる道を選べる、
制限をはずして…。
とか、この頃よく考えます。
ビリーフをみつけて、
今あんまり必要ないものだったら手放していいんですよね。
タンスの整理と一緒です。
※ビリーフとは過去の経験などから「こうしなくてはいけない」「こうあるべきだと」感じてしまっていることで、良い方向に捉えれば、がんばって成長していく要因となりますが、逆に融通性にない思い込みのようになってしまうと、それが原因となって感情面での衝突や行動面での妨げになってしまうことにもつながります。