自分は鍵盤楽器奏者でもあるが、実は鍵盤楽器が好きでない。
なぜか?
恰好が悪いから、と思ってしまう。
あくまでも持論と偏見なのだけれど、
例えば、ロックバンドにキーボードが居たりすると、
”もったいないなあ、なんでキーボード入れるかね?だいたい必要か?”と
内心では思ってしまう。
キーボード奏者としてはあるまじき思想かもしれないが、
そう思ってしまうのだ。
ここ数年でなぜなのか?を分析し続けていたりする(笑)。
鍵盤楽器というのは基本的にはダウン奏法しかない。
上から下へ押し付けて音を鳴らすのが基本。
たぶん、この動きが恰好が悪く見えるのかもしれない。
それから演奏しているフォルムがアグレッシブに見えづらい。
なんか、お高くとまっている感がすごくする(笑)。
最後に鍵盤楽器は大げさすぎる。見た目がシンプルでない。
さらに分析をしていゆくと、文化的、肉体的背景というのが楽器にはあることに気づく。
たとえばピアノの場合、単純に言えばピアノは日本生まれの楽器ではない。
洋モノである。
ピアノがどのようにして生まれたか?その文化的背景と誰が演奏することを想定して
技術開発されたものか?を分析してゆくと日本人が幾らがんばっても、
恰好よくは映らない楽器なのだろうと思ってしまうのだ。
ピアノという楽器はどうやら演奏者のコスチュームを選んでしまう。
そりゃあそうだろうと思う。なんといっても洋モノだから(笑)。
先日NHKで着物を着たピアニストがショパンを弾いていた。
違和感しか感じられなかった(笑)。
鍵盤楽器の生まれた背景をよく理解してゆくと、
残念ながら、ますます人種を選ぶ楽器なのだなあと思ってしまい、
それも相まって恰好が悪い楽器だなあとため息をついてしまうのだ。