私は、身体障害者です。今も障害者は恥ずかしい存在と思う人達は多いです。障害者差別解消法が制定され、障害者への合理的配慮について求めることができるようになりましたが、人の意識はなかなか変わらないと思います。障害者が結婚披露宴などに出席すると、相手の家族・親族へ心配されるのでないかと判断し、障害のある兄弟などを出席をさせない場合も多いです。私もいとこの結婚式には呼ばれませんでした。滝汗滝汗滝汗

 

 社会に人に対する寛容性が広がると生活しやすくなると思います。私には吃音があります。中学生のとき、ある会合で自分の考えを発表する予定でしたが、言葉がでません。司会者が後輩に代読をお願いして、後輩が読んでくれました。

 この経験から、『きちんと話ができないことは恥ずかしいことではない』と思いました。ニコ

 

 吃音のある生徒が、先生に質問をあてられたときに、解答を書いた紙を隣りの生徒に渡して、代わりに話してもらうこともできると思うし、そういうことが障害のある子どもへの合理的配慮だと思います。UMAくんUMAくん

 

 数十年前はそういう事が許されない社会でした。ある地方の議会で、病気で声が出せなくなった議員が、議会の職員に質問を代読してもらおうとしたら、議長から規則では質問は本人が話さなければいけない。代読は許可しない。ともめて裁判になりました。裁判の結果はどうなったのかは私はわかりません。その声が出せない議員は議会の判断に、とても失望していました。

 現在、参議院のれいわ新選組の重度障害者の国会議員は、参議院の委員会に配慮を求めて、質問時間の延長と質問を代読することができるようになりました。時代は変わりました。にっこりにっこりにっこり

 

 国会で、このような代読の配慮が認めらているのだから、吃音で言葉がでない子どもや会社員が学校や職場で、代読などの合理的配慮が進むと思います。もし、配慮してくれない場合は、障害者差別解消法に基づいて、自治体に相談する必要があると思います。