こんにちは
今日は私がとても影響を受けた詩人の
言霊が可視化した時の体験です。
その詩を知ったのは中学生の時、
現象が起きたのは大人になってからで、
たった1度の不思議体験ですが
それは中学生の頃の強烈な体験と繋がり、
備忘録として書き残したいと思います。
少し長文なので、
のんびりお付き合いくだされば
幸いです


~詩に出会った中学生の頃~
私は機能不全家庭で育ちました。
父はあらゆる暴力を振う男尊女卑の塊。
(暴力の矛先は女である母か私で、
兄は特別扱い、弟は基本何もされない)
母がその暴力とストレスで病に倒れてから
私の学生時代はほぼ母の看病と家事。
中学校は1年の1学期以降ほとんど行かず、
テストだけ受けに行くような日々で、
進級ギリギリで卒業しました。
(父は定年退職し一日中フリーでしたが
自分にしか興味がなく、母の看病も家事もしないどころか嫌がらせをし、ストレスで母が心臓発作を起こし何度も救急搬送されましたが、1度も救急車に同乗しませんでした)
そんなある日の深夜、
テスト勉強に疲れて、横に置いてあった
新聞のコラムにふと目が行き、
そこに書かれていた詩を読んで
驚愕しました



茨木のり子さんの
「自分の感受性くらい」
という詩でした。
(詩を読む直前まで私は、
父の虐待から身を守りながら
家事と母の看病、睡眠を削りテスト勉強、
隣で苦しそうな顔のまま眠る母を眺めて、虚しさで心底絶望していました
)
でもその詩を読んだ瞬間、
「お前はそんなとこで
沈んでる場合か

!!」
と、後ろから蹴飛ばされ、
強烈な“カツ”を入れられたような気持ちになりました笑





受け止め方は様々ですが笑、
人間思いもよらぬ事が突然起きると、
眠っていたスイッチがオンになるのかも知れません笑
私は平常心を取り戻し、
「この家庭も親も変えられない。今私にできるのはテスト勉強に集中すること
」
と頭を切り替え、
3日間徹夜し期末テストを良い結果で
終えることができました


~それから数十年後

~
大人になって、とても苦しい事があり、
ふとこの出来事を思い出しました

近くの図書館で茨木のり子さんの詩集を
あるだけ全部借りました。
一冊目の最初の詩のページを開いた瞬間
その出来事が起きました




言葉の上に、ホログラムのような
光る粒子の集合体が幾つも浮かびあがり、
とても複雑な動きをしながら回転したり、
上下運動したり、まるで生き物のように
動き回っているのです








私はビックリした勢いで
本を閉じてしまいました


しばらくして落ち着いてから
再びそ~っと本を開けて見ると、
何もありませんでした
でもそのホログラムから感じたのは、
など、言葉だけでは、
到底表現しきれないものでした。
この詩の言葉は一見、
強く荒々しくも見えるのですが、
その表面だけでは理解できない程のパワーを秘めていると感じた出来事でした。
想像ですが、この詩は
人間の本質にある強さも弱さも
真っ直ぐ見据え、その強さへの信頼からくる
「強烈な愛の表現」
のように感じます。
「言葉に魂が宿る」
と日本では昔から言われますが、
音楽を聴いていても、
「この曲には魂が入っている」
と感じる事があります。
その曲が流れると、音自体が大きな生命体のようにうねりながら動きだし、とてつもない存在感を放つのです







それらを言葉で「魂が宿る」と表現する日本人の感受性が素晴らしいと私は思います。
本は印刷物ですが、
1度言葉に宿った強い魂は消える事なく、
永遠にその命を生き続けるのだと
感動した出来事でした




最後までお読みいただき
ありがとうございます

