"Zdrave!" ズドラヴェ! ブルガリア語

$A Circle of Friends-ブルガリア

5~6年くらい前の話です。
ブルガリア人の友人に招待されて、
彼女の実家に遊びに行くことに。

彼女の実家は黒海近くの小さな村だったんですが、
どうせ来るならブルガリアの首都も見ていきなよ、
ということで、最初に首都ソフィアで何泊かして、
それから彼女の実家のある村へ行くことになったんです。

でもブルガリアでは、ホテルはブルガリア人用、
外国人用の2種類の料金に別れているらしく、
外国人用はもちろんブルガリア人用の倍の値段。
「私、そんなにお金持ってないから、
 ホテルに泊まるのなら行けない」というと、
「大丈夫!私と一緒に泊まれば、
 ブルガリア人料金で済むから」
と彼女がいうので、ソフィアにも滞在することに決定。

なのに、いざ着いてみたら。
彼女は迎えに来ていた弟と同じ部屋。
私だけシングルルームで、
結局、外国人用料金を払わされました。
おまけに観光らしい観光もできず(というより、
ソフィアには特に観光する場所もなかった)、
彼女の友達のところで夜中まで飲み会。
私以外、全員タバコを吸うので、
部屋の中は煙で前が見えないくらいで、
目はショボショボするし、私は息も出来ずに
苦しい思いをしながら我慢。
なおかつ誰も英語を話さないので、
ずっと一人でボーーーーーーーーーッと座ってました。

そんなソフィアに別れを告げて、いざ彼女の実家へ出発!
列車で行けばすぐなのに、列車代節約とばかりに、
弟くんの運転する車で6時間ほどかけて移動。
くたくたでした。。。

彼女の家族は小さなアパートに、
ご両親、弟さんの3人で住んでいたのですが、
電気の供給もままならないとのことで、
暖房は入っていませんでした。
(12月で外は雪が積もってました。。。雪
なので全員、家の中でコートを着たまま、
白い息を吐きながら寒さしのぎに
とても強いお酒を飲んでました。

私、凍死するかと思いましたよ。。。

それからの日々はもう散々で、
昼間は友達が歯医者に行くのに付き合ったり、
お母さんが役所に行くのについて行ったり。
「私は一体、何しに来たんだろう」って
ずーっと考えながら、ロンドンから持参した本を読んでました。
(イアン・ランキンに感謝!)

そして、お母さんが役所に用事があるといって、
みんなで出かけた日のことです。
建物の中にお母さんが入っていったかと思うと、
しばらくして泣きながら飛び出して来たんです。
言葉の分からない私は訳が分からず、
とりあえずお母さんが落ち着くまで
黙って見守るしかできず。。。

事情を聞いたところ、隣町に住んでいたおじいちゃんとおばあちゃんが
最近亡くなったそうなのですが、
そのおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいたフラットに、
二人が亡くなったあと、弟くんがガールフレンドと一緒に住んでいたんだそう。
でも、もともとは国営フラット(ブルガリアは元共産主義の国なので)で、
一定の期間内に然るべき手続きをとらなければ、
国に取り上げられるそうで、
その期間をすぎると、とんでもない金額を払わないと、
自分たちの物にすることができなくなるんだとか。
その有効期限があと1ヶ月残っていると思っていたのに、
役所に行ったら何の間違いか、1週間しかないと言われ、
ショックを受けたお母さんは、泣きながら飛び出して来た、
ということらしい。

そうか、大変だね…と思っていたら。

ロンドンに帰る前の晩、招待されたはずなのに、
友達に宿泊費を請求されました。
それも3日間で150ポンド(当時、約3万円)も。
コーヒー一杯が約50円くらいの物価の国です。
3日間で150ポンドの請求がどれだけ不当か、分かりますよね?むかっ

もちろん腹が立って、言いましたよ。
「自分の家に泊まればお金がかからないって言ったよね?
 宿泊費を請求するつもりだったら、最初にそういってくれれば
 私はここにはこなかった」と。

でも、お金はきっちり払えと言われ、
「ああそうか、両親があのフラットを手に入れるために、
 私はいい金づるにされてるんだ」
と、ようやく気がつきました。

泊めてもらったのは事実だし、仕方なく払おうと思って
お金をスーツケースから出そうとしたら…、
入れてあったお金がそっくりなくなっていたことに
そのとき初めて気がつきました。。。叫び

私は旅行に出る際、現金はなるべく持たずに
クレジットカードやキャッシュカードを使って
現地で下ろすことにしているのですが、そのときは友達に
「ブルガリアではクレジットカードは使えない場合がほとんどだし、
 ATM機は壊れていることが多いから、現金を持っていった方がいい」
と言われ、300ポンドをハンドバッグに入れ、
300ポンドをスーツケースに入れて、持っていったのです。
それがそっくりなくなってるとは!

そういえば空港で、預けた荷物が出て来るのを待っていたとき、
私の荷物だけものすごく時間がかかって出て来て、
おまけに雨で濡れていたんです。
なぜ私のだけ濡れているんだろう?と不思議に思ったのですが、
そのときは全く気がつきませんでした。
そうです、空港の職員が盗んでいたんです!

お金が盗まれたことを友達に伝えると、
「だったら近所のATM機で下ろしてきたら?」
はあ? あんたがATM機は壊れていることが多いから、
現金を持っていった方がいいってアドバイスしたんでしょう?
なのに、「ATM機で下ろしてきたら」って…。

泥棒があちこちにいるこんな国でキャッシュカードは使いたくない、
今、手持ちの現金しか払えないと伝え、
80ポンドだけを支払って、
残りはロンドンに着いてから払うと言いました。

帰る前にお土産に赤ワインのシャンパンを買いたかったのですが、
彼女の両親に「自分たちが用意してあるから大丈夫」と止められ、
買わせてもらえなかったのですが、結局ご両親が用意していたのは
友達の分のみ。私の分はありませんでした。
おまけに自分の荷物がいっぱいになったから、
私のスーツケースに自分の荷物を詰めさせてほしいというのです。
私の怒りも8分ほどに達しましたが、
それでもぐっと堪えて「1個だけなら」と承知しました。

ロンドンに帰る当日。
空港に着くと、私たちがブルガリアに滞在している間、
バルカンエアが倒産、他の航空会社に買い取られたらしく、
追加料金を払わないと飛行機に乗れないと言われ、
泣く泣く70ドル支払いました…。

ロンドンに着いて、すぐに自分の荷物から彼女の荷物を取り出して、
渡したところ、「一人じゃ持ちきれないから手伝って」といわれ、
おまけに残りのお金も請求され、
「そんなの私の知ったことじゃないし、
 残りのお金も払わない。どうぞ一人で帰ってください」
と、彼女を置き去りにして、一人家路に着きました。

物価の安いブルガリアで、こんなに大金を使ってしまうなんて
夢にも思ってもいませんでした。
以来、学校で彼女にあっても一切、口をききませんでした。
彼女は私がなぜ怒っているのか、まったく理解してないようでしたが。

「友達を招待しておきながら、宿泊費を請求するなんて、
 これって東ヨーロッパ流のやり方なの?」
とハンガリー人の友人に聞いたところ、
「そんなの有り得ない。もし自分が友達を招待したら、
 たとえ両親に請求されたとしても私が諌める」
と言われました。やっぱり普通じゃないんだね。

結局のところ、私は彼女の両親のいいカモにされたんだろうな。

本当はこんなネガティブな話は書きたくなかったし、
バラの香りが大好きなので、バラの産地であるブルガリアは
ちょっと私の憧れだったんです。
バラの時期には、きっときれいなんだろうなあとは思うし、
食べ物にも興味があります。
でももう二度とブルガリアには行きたくないです。
 "Ciao!" チャオ! イタリア語

$A Circle of Friends

以前、国籍がみんなバラバラの女5人で
フラットシェアをしていたことがあるのですが、
まるでローラーコースターのような
ハプニング続きの大変な家でした。

トイレの便器の中からなぜかTシャツが出てきたり、
タンスの引き出しの中から超特大ブラジャーがでてきたりと、
笑えるハプニングもたまにあったのですが、
最大の問題はケンカ。
特にイタリア人とドイツ人の子は仲が悪くて、
口ゲンカはしょっちゅう。
二人とも英語が母国語じゃないので、
そこにも原因があるんじゃないかと私は思うのですが、
爆弾ドイツ人→難しい単語を使う傾向アリ
ドンッイタリア人→とにかくブロークン、いい加減な英語を使う
そのあたりを差し引いて相手の言い分を聞くことが出来ないので、
小さなことで、いつもぶつかっていました。

特にイタリア人の子は本当に短気で、しかも
ときどき人の言ったことを最後までちゃんと理解せずに
いきなり怒るので、私もたまに被害に遭ってました。。。しょぼん

そんな問題ばかりのフラットシェアだったのですが、
ある日、大家さんから退去命令が下されてしまうほどの
大事件が起こりました。

イタリア人の子がドイツ人を殴ったのですw。パンチ!

原因は電話機の取り合い。電話
最初に使っていたのはドイツ人の子。
そこへイタリア人の子が「使うからよこせ」。
その言い方が気に入らなかったドイツ人の子は、
「それが人にものを頼むときの言い方か」と、
受話器を持ち上げ、頭上でヒラヒラさせたらしく、
それでいっきに頭に血が上ってパンチ!になったそうで…。

それを聞いて、どっちもどっちだなと思ったのですが、
起こった直後は、鼻血を流して泣いているドイツ人を見ると、
つい、そっちに駆け寄ってしまうのは当然なわけで。
それに殴った張本人であるイタリア人は、
「ドイツ人が人の部屋に勝手に入った。警察を呼ぶ!」と
訳の分からないことで大騒ぎしているしで、見ていて、
「こりゃ大事だな…」と思わずにはいられませんでした。

結局、警察の代わりに大家を呼んで、
話し合いになったのですが、
喧嘩両成敗とはならず、
手を出した方がアウト、ということで
イタリア人の子に退去命令が出たというわけなのです。

まあ、この短気さえなければ、
とても陽気ないい人だったのですが、
考える前に手が出るような人とは、
ちょっと怖くて友達付き合いも難しいですよね。
ときどき夕飯なんかも一緒に作って食べたりして、
とっても楽しかったのですが、
あれから連絡を取っていないので、
イタリア人を見るたびに、
「彼女は今頃どうしているんだろう…」と思い出します。
   "Hello!" ハロー! 英語

$A Circle of Friends

サウスアフリカでは、あとアフリカーンスといって
オランダ古語にとても近い言葉が話されているそうです。
(詳しく言えば、もっといろいろありますが…)

ちょうど今、サッカーWカップが開催中ですね。
いつもなら応援する国の国旗をせっせと手作りして、
みんなでパブ観戦に出かけるところなのですが、
今年はいたって静か。
周りにサッカー好きな人も、
お酒が好きな人もいないのが理由なんですが、
もともと私自身、あまりサッカーに興味がないので、
どうしても、という感じでも。。。

さて、サウスアフリカ。
アフリカというと何もかもが未知な感じで
まったく想像すらつかないのですが、
その中でもサウスアフリカは、私の中では
わりとヨーロッパに近いイメージがあります。
イギリスから大勢移住した人もいて、
サウスアフリカ出身の白人の人に
何度も遭遇しているせいでしょうか。

でも、そのわりにはあまり行きたいという
意欲に駆られない国でもあります…。

というのも、前にサウスアフリカ出身の
ボーイフレンドを持つ友達が、
「サウスアフリカは何度行っても怖い!」
とぼやいていたのを聞いていたから。
彼女はポーランド人なのですが、黙っていると
現地の白人と区別がつかないはずなのに、
それでも怖いんだ…と、びっくりした記憶が。
そんなところに私一人で旅に出たら、
生きて帰れるんだろうか…と二の足を踏んでしまいます。

「案ずるより産むが易し」ともいうし、
そういうことを何度も体験しているので、
実際にはそんなに怖いことはないんだろうなぁとは
思うんですけどねぇ。

でも今回、写真を撮らせてくれたデヴォンくんに、
「South Africa is the most beautiful country in the world!!」
なんて笑顔で言われたら、
なんだか行ってみたい気にもなります。



う~ん、じゃあ、あと10年後にw!チョキ
  "Hola!" オラ! スペイン語

$A Circle of Friends


アルゼンチンといえば『母を訪ねて三千里』。
『母を訪ねて三千里』といえばマルコ。。。

は、さておきw、
アルゼンチンといえば、やっぱりタンゴ。
私にとって<タンゴ=ピアソラ>なんですが、
ピアソラを初めて聴いたのは、
ウィリアム・ベネットというフルート奏者の演奏会。
『タンゴの歴史 Histoire du Tango』という曲を
初めて聴いたときは、とても衝撃的でした。
今までに聴いたことのないジャンルというのか、
タンゴとジャズとクラシックを混ぜ合わせたような、
それでいて、どこか懐かしいようなメロディが
とても切なく響いてきました。

以来、私のお気に入りの曲なんですが、
夕焼けが空を真っ赤に染めたかと思うと、
日が暮れて急に真っ暗になるまでの
あの短い時間に襲ってくる焦燥感、
大勢の人でにぎわっていたバーが閉店時間を迎え、
すべてのお客が去ったあと、
静かになったバーで一人で向き合う孤独感、
そんなものを連想させる、
ストーリーのあるメロディがとても好きです。


アルゼンチンに関する私の知識なんて、
しょせん、このくらいしかないのですがw、
ピアソラの生まれた国を、
いつか訪れてみたいです。