たった一つの正しい言動なんてない。

たくさんの選択肢があるだけ。


と思った話を書こうと思う。



人は後悔する生き物だ。

自分がしたこと、或いは

しなかったことを。


あの時ああすればよかったとか

こう言えばよかったとか

私はよく思う。


全ての言動には正解がある

と思っているらしい。



本当にそうだろうか。



「あの時ああすればよかった」の「ああ」は

本当に素晴らしい結果を生んだのだろうか。


一見そのように見えて、

それとは別の問題を生まなかっただろうか。


例えば、

「あの時もっとハッキリ自分の意見を

言えばよかった」と後から思ったとする。

でも、

ハッキリ意見を言ったことで角が立って

人間関係に微妙な溝が出来たかもしれない。


意見がハッキリ言えなかったのは、

その時に角が立たない絶妙なセリフを

思いつくことが出来なかったからで、

それなら言わないで正解だった

って可能性もあるだろう。


そう考えていくと

「たった一つの正しい答えがある」

と言うのは幻想なんだとわかる。


人は、いくつも、いく通りもある選択肢の

中から毎瞬一つを選んで行動している。

それが正解だと信じて。

もしくは何も考えずに。


ただそれだけのことなんだ。


その影響が水面に広がる波紋のように

周囲に広がっていって、ずっと先の方で

なにが起こったかまでを知ることは

多分できない。


だったら、いや、それでも

なるべく沢山の選択肢を持っていたい

と私は思う。

その中から、感情に流されることなく

せめてそのときには最善と思えたことを

選ぶ人でありたい。


その上で後悔するなら後悔して

何かを学びとりたい。


その繰り返しで後悔の少ない選択が

できるようになるのではないか。

なればいいな。


と思っている。


少なくとも今の私は、

とても少ない選択肢の中からマシなものを

選んでいるか、選んでいるという自覚さえなく

バカな言動を繰り返しているかのどちらか

のように思える。


それで後悔ばっかりしているのだ。


人はみんな愚かだ。程度の差はあれど。

愚かだからこそ学ぶんだ。


どんなに苦い経験も

無駄にせずにそこから学んで次に活かせれば

役に立ったと言えるし、

であるならば、

後悔なんてひとつもする必要はないのかも

しれない。


そんなふうにも思う。