「経過措置」という名の先送り構造
――介護福祉士資格をめぐる制度的自己矛盾は、2026年法改正でどこまで是正されたか
https://www.yomiuri.co.jp/national/20250612-OYT1T50041/
読売新聞2025年6月12日の報道は、介護福祉士養成施設卒業者に対する国家試験の経過措置を「議論以前の問題」と断じるべきだろう。
国家試験に不合格であっても、現場での就労継続によって最終的に恒久的な国家資格へ到達しうる制度は、国家資格制度そのものの論理的整合性を内側から崩す。
この指摘は、2025年6月時点の情報を前提とする限り、正鵠を射ていたと評価できる。
しかし本稿執筆時点(2026年8月)までに、この制度は実際に大きく動いている。
厚生労働省は2026年3月11日、経過措置の再延長方針を自民党・日本維新の会の厚生労働部会に提示し、同年4月3日に「社会福祉法等の一部を改正する法律案」を閣議決定・国会提出、5月26日に衆議院本会議を通過、6月19日には参議院本会議で可決・成立した。施行期日は一部を除き2027年4月1日である。
本稿は、この一年足らずの制度変遷を独自に事実確認したうえで、主張のどこが立法によって取り込まれ、どこがなお「議論以前の問題」として残存しているのかを検証する。
一、何が変わったか――2026年法改正の内容
今回の改正は、単純な「延長」ではなく、二つの異なる要素から成る。
この結果、新制度では、養成施設卒業者は卒業後5年間「介護福祉士(経過措置対象)」として就労できるが、その5年以内に国家試験に合格することが条件として明確化される。
合格できなければ資格を失う、期限付きの資格として再設計されたことになる。両制度の相違を整理すると、以下の通りである。
項目 | 旧制度(〜2026年度卒業者) | 新制度(2027年度卒業者〜、2031年度まで対象) |
就労可能期間 | 卒業後5年間(無条件) | 卒業後5年間(合格が条件化) |
6年目以降の扱い | 実務継続により無試験で恒久資格化 | 制度として廃止。5年以内に不合格なら資格喪失 |
准介護福祉士 | 法律上存在(2007年創設、未施行のまま) | 正式に廃止 |
経過措置の対象年度 | 〜令和8年度(2026年度)卒業者 | 〜令和13年度(2031年度)卒業者 |
国家試験の位置づけ | 事実上、回避可能な関門 | 5年以内の合格が必須要件として明確化 |
最新の統計
二、批判は的中していたか――立法事実としての自己証明
まず確認すべきは、「不合格判定の自己否定」という論理的欠陥が、単なる評論家の誇張ではなかったという点である。
社会保障審議会福祉部会・福祉人材確保専門委員会における議論の経過を報じた日本経済新聞は、厚労省の有識者検討会や同審議会において「資格の信頼性や人材の質低下への懸念を示す声も出ていた」と伝えている。
つまり、経過措置の延長を最終的に決定した当の政策形成過程の内部において、まさに国家資格の公信力が損なわれるという懸念が共有されていたことになる。
そのうえで、今回の法改正が「6年目以降の無試験恒久化」ルートを明確に廃止したという事実は重要である。
これは、経過措置の「出口」において、不合格者が最終的に合格者と同一の資格に到達するという、最も強く問題視した論理的破綻を、立法者自身が是正の対象として認識し、実際に制度から切除したことを意味する。
この限りにおいて、批判は制度設計に一定程度反映されたと評価してよい。
三、それでもなお残る三つの構造的欠陥
しかし、今回の改正をもって「議論以前の問題」が解消されたと結論づけるのは早計である。以下、独自に検証した三つの論点を示す。
1. 名称独占の一時的空洞化は温存された
新制度のもとでも、養成施設卒業者は国家試験に合格しないまま、最長5年間「介護福祉士」の名称を用いて就労できる。
恒久化ルートが廃止されたことで問題の「期間」は限定されたが、「試験に合格していない者が国家資格の名称を名乗れる」という構造そのものは存続している。
利用者や家族が、目の前の介護福祉士が試験合格者か経過措置対象者かを識別できないという、資格のシグナル機能をめぐる問題は、5年間という時限つきで縮小されただけであり、質的には解消されていない。
2. 「先送りの反復」という制度病理
2007年の法改正で養成施設ルートへの国家試験義務化が決定されて以降、その完全実施は繰り返し先送りされてきた。
当初2012年度からの完全義務化が想定されていたものの延期が重ねられ、経過措置自体も当初2022年度で終了する予定が2026年度へ、そして今回2031年度へと、2度にわたり再延長された。
制度の細部(恒久化ルートの廃止)が是正される一方で、「義務化そのものの完全実施」という大枠は、19年間にわたり一度も実現していない。
【付記・推測を含む論点】以下は確定した事実ではなく、本稿筆者による将来予測である。 介護需要は2040年前後にピークを迎えると見込まれており、2031年度の期限到来時点でも人手不足が解消している可能性は高くない。その場合、「人手不足を理由とした再延長」または「恒久化ルートの事実上の復活」を求める政治的圧力が再燃する可能性は否定できない。この点は今後の政策動向を継続的に検証する必要がある。 |
3. 准介護福祉士の顛末が示す、多層資格化構想の脆弱性
解決策として「介護福祉士補」等の名称による段階的資格体系(マルチティア制度)の導入を提案されていた。
しかし特筆すべきは、日本はこれと酷似した制度をすでに一度導入していたという事実である。
2007年法改正で創設された准介護福祉士は、まさに国家試験不合格者を対象とする中間的な資格層として構想された。
ところが、日本介護福祉士会等からの強い反発と、資格の法的位置づけをめぐる混乱により、准介護福祉士は創設から18年間、一度も施行されることのないまま、今回の改正で正式に廃止された。
この事実が示唆するのは、「多層化による質の可視化」という処方箋は理論的には妥当に見えても、実際の制度運用においては合意形成が極めて困難であり、机上の解決策にとどまりやすいという教訓である。
段階的資格体系の再提案を行う際には、なぜ准介護福祉士が18年間死文化したのかという制度史的検証を避けて通ることはできない。
四、新統計が示す「出口設計」の現実的リスク
新制度は「5年以内の合格」を要件化した点で、出口設計としては先行論説の提言(再受験義務化)に近い方向性を採用したと言える。
しかし、この設計が機能するかどうかは、再受験者の合格率という現実のデータに照らして検証されなければならない。
前述の通り、第38回試験における再受験者の合格率はわずか21.4%であり、初受験者の合格率44.8%を大きく下回る。
EPAルートの合格率も31.8%まで低下し、制度開始以来最低水準にある。仮にこの傾向が今後も継続するならば、現在経過措置の対象となっている5,774人(うち外国人5,103人)の相当数が、5年以内に合格できないまま資格を喪失する事態が現実的に想定される。
【付記・推測を含む論点】現時点で「5年以内合格」要件化後の失格者数を示す確定データは存在しない(新要件は2027年度卒業者から適用されるため)。ここでの指摘は、既存の合格率統計から推論される潜在的リスクの指摘であり、今後の受験結果の推移を継続して検証する必要がある。 |
この場合、政策当局は「資格喪失による人材流出」と「資格の信頼性維持」という、今回の改正が一旦切り離したはずの二つの目的の間で、再び板挟みになる可能性が高い。
出口を閉じたことは論理的整合性の回復に資するが、それが現場の人材確保という政策目的と両立するかは、依然として未検証のまま制度が施行されようとしている。
五、結論――「出口」は閉じたが、「入口」の緩みは残る
2026年6月に成立した法改正は、最も強く問題視した「不合格のまま恒久資格へ至る」という論理的破綻を、制度上は確かに是正した。
その意味で、立法はこの問題に一つの回答を示したと評価できる。
政策形成過程の内部でも、資格の信頼性をめぐる懸念が共有されていたことは、批判が的外れな感情論ではなく、制度設計上の正当な論点であったことを裏づけている。
しかし、これは対症療法にとどまる。国家試験という審査機構が「一定水準の担保」として機能するかという根本的な問いには、なお答えが出ていない。
5年間、国家試験に合格しないまま国家資格の名称を名乗れる制度そのものは存続し、多層化による代替案(准介護福祉士)は「一度も使われないまま葬られた」という前例だけを残した。
そして「5年以内合格」という新要件が、現実の合格率のもとで機能するかどうかも未検証である。
したがって、「介護福祉士という国家資格は何を保証する制度なのか」という定義そのものは、今回の法改正によっても確定していない。
この問題がなお「議論以前の問題」であり続けるとすれば、その所在は、2025年時点で問われていた「恒久化の是非」から、2027年以降に問われることになる「5年間という猶予期間の意味と、その先にある再受験制度の実効性」へと移動した、というのが、直近の事実確認を踏まえた本稿の結論である。
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