「悩みのるつぼ」
朝日新聞 be 2025.12.21.
「推し」にはまる自分が怖い
女性 60代
タレント 野沢直子さんの回答
「あなたなら大丈夫です」
相談内容:
最近ある20代の人気ミュージシャンが好きになり、CDをすべてそろえた。
これまで音楽の楽しみ方はCDを繰り返し聞き、歌ったり踊ったりするだけだった。
ひょんなことからYouTubeでこのミュージシャンのライブを見て驚いた。
カリスマ性とライブのクオリティの高さ。そして、やっぱりかっこいい!
ある意味で私は恋をしてしまった。
才能と魅力が画面の奥からどんどん押し寄せ、受け止め切れずに苦しくなり、
YouTubeを消した。ああ、人はこうして推し活に向かうんだなと思った。
自分の場合は、ライブを楽しんだり動向をチェックしたりするぐらいでは満足できないような気がする。
たとえばライブで失神したり、お漏らしをしたり、犯罪ではあるが家に侵入してしまう、とかもわからないではない。そんな気持ちにさえなり、怖くてCDもしまった。
これ以上、好きになってもしょうがないから。
初めての推し活とどう向き合ったらいいか。
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回答:「あなたなら大丈夫です」
相談者様は私と同じ60代。推し活というのは老後のステキな過ごし方のひとつと私は思う。この年代で夢中になることがあるのは何であれとても幸せなこと。
初めての推し活で、自分がどこまで行くのかが不安で、好きな気持ちを封印してしまった相談者さん。お悩みを読んでいて、なんだか可愛らしいと思うのは私だけではないと思う。
人間とは何かに熱狂し、エネルギーを燃焼させる瞬間が必要な動物。だから、古来から祭りという行事があるのではないか。
相談者様はここに不安な気持ちを投稿してきたのだから、理性が働くと信じて、
私は背中を押します。
私は好きなアーティストのライブやイベントを見に行った時は、よく出待ちをする。
声をかけられなくても、姿を見ればうれしいし、同じように出待ちをしている人との交流もあり、楽しい展開になる。
相談者さんは好きな気持ちを封印しているせいで、余計に気持ちが膨らんで妄想が暴走しているだけようだ。危惧しているようなことは起きないと思う。
自分の気持ちに従って、音楽を楽しむ。ライブも楽しんで心が震える瞬間を体験したり、一ファンとして会える手段を活用して、存分に推し活を楽しんでほしいと思う。
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カウンセラーの回答
相談文を読んでまず感じたのは、あなたは「怖い人」でも「暴走しやすい人」でもなく、とても自制心の強い、節度をもって生きてきた人だということです。
だからこそ、初めて強い感情に出会ったとき、
「これは危険ではないか」
「歯止めがきかなくなるのでは」と、
先回りしてブレーキをかけてしまったのでしょう。
■「好きになってはいけない」という思い込み
これまでの人生で、あなたはきっと
「ほどほどに」
「のめり込まない」
「自分を律する」
そういう姿勢を大切にしてこられたのだと思います。
それは立派な生き方です。
ただ、その生き方を長く続けてきた人ほど、
年齢を重ねてから湧き上がる“純粋なときめき”に戸惑うことがあります。
「~してはいけない」
「年甲斐もなく」
「今さら」
そんな言葉が、心の中でブレーキとして働いていませんか?
あなたは”純粋なときめき”を封印しなければならないほど、自制心のない人とは思えません。むしろ、自分を律する力があるからこそ、楽しみ方を選べる人です。
■ 妄想の暴走ではなく、「共有できない孤独」が膨らんでいる状態
相談文にある「失神する」「侵入してしまうかもしれない」
というイメージは、現実的な衝動というより、
誰にも話せず、一人で抱え込んだ結果、想像が膨らんだ状態に近いものです。
人は、感情を一人で抱えるほど、それを“異常なもの”として恐れてしまいます。
・同じ音楽を「いいね」と言える人
・ライブの感想を語り合える人
・「この曲が好き」と安心して言える相手
そんな分かち合いの場があれば、感情は自然と落ち着き、現実的な大きさに戻っていきます。
■ 「一緒に楽しめる友だち」が老後の質を決める
時間も、多少のお金もある。
それでも「使い道がない」「一日をどう過ごせばいいかわからない」
そう嘆く人は少なくありません。
一方、その瞬間、その話題だけでも心を通わせられる相手がいる人は、日々が豊かです。
それは長年の親友でなくてもいい。
「このアーティスト、よかったね」
「昨日のライブ、どうだった?」
そんな一言を交わせる関係で十分です。
あなたが今回出会った“推し”は、もしかすると
新しい人間関係の入り口なのかもしれません。
■ 封印ではなく、「枠」を決める
好きな気持ちをゼロにしようとすると、かえって意識はそこに集中します。
おすすめしたいのは、封印ではなく、自分なりの“枠”をつくることです。
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YouTubeは1日◯分まで
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CDやグッズは予算内で
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ライブは年に◯回
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一人で抱えず、誰かと感想を話す
こうした小さなルールは、楽しみを壊すものではなく、
安心して楽しむための土台になります。
60代で、心が震えるほど誰かに惹かれる。
それは恥ずかしいことでも、怖いことでもありません。
むしろ、あなたの心にみずみずしさがあるという証拠。
あなたは、自分を見失う人ではないでしょう?
楽しさを“ほどよく味わえる力”を、持っているはず。
どうか「好きになってはいけない」と切り捨てず、
「どう楽しめば心地いいか」を探してみてください。
その先に、一緒に笑える誰かとの老後の時間が待っているように思います。
