週末の朝は、三男と散歩兼買い出しのために近所を練り歩くのが習慣になっている。
歩きながら、ずっとしゃべっている。
毎回思うけど、まあ話題が尽きない。
たぶん、ボクの目に入ったものを何でも声に出しているからだろう。
車が通れば、
「あのナンバープレートの市って何県だっけ?」とクイズを出す。
一軒家の周りに敷かれた砂利を見れば、
「防犯用かもね?」と適当な考察を始める。
今日はたまたま“道順”の話になった。
「目的地に行く道は一つじゃないんだぞ」
当たり前のことを、さも壮大な真理のようにふざけて語るボク。
左に曲がるか、右に曲がるか。
選んだ先で、違うものが待ってるんだぜ?
スケールは町内レベルだけど、言い方次第で人生論っぽくもなる。
そんなことを言っていた矢先だった。
目的地目前。
前を杖をつきながら歩いていた老人が、つまずいてそのまま頭から転倒。
鈍い音。
そして、地面に広がる血。
滅多にあることじゃない。
……はずなんだけど、なぜか過去にも数回出くわしている。
内心「またかよ…」と思いながらも、すぐに状態確認。
耳が遠いらしく、こちらが声を張らないといけないパターン。
地味に体力を削られる。
なんとか119に伝える情報を引き出し、救急車を要請。
到着までのあいだ、
「もう大丈夫だから」と何度も立ち去ろうとする老人。
「血が止まってないから、安静にしとこか」と何度も説得するボク。
立ち上がろうとしても立ち上がれない姿を見て、
歳を取ることの怖さを勝手に想像したり、
介護職の人たちは本当にすごいなと思ったり、
こっちの感情だけが忙しかった。
10分ほどでサイレンの音が聞こえた。
道が狭くて救急車が入れないので、
三男に老人の見張りを任せて、隊員を現場まで案内。
対応が始まり、
隊員からあっさり「もう行っていいですよ」と一言。
解放されたので、いざスーパーへ。
買い物を終えた帰り道、三男が
「救急隊員、言い方どうにかならないの?」
と聞いてきた。
どうやら、もっと医療ドラマみたいな、ハートのこもった一言を期待していたらしい。
気持ちはわからんでもない。
でもな、と説明する。
日常でもあるでしょ?
「その情報いる?」とか「で、何が言いたいの?」って場面。
まして一刻を争うかもしれない状況で、
医療素人のこっちの感想なんて聞いてる暇あるか?
1秒でも早く処置を始めるか、病院へ向かうべきでしょ。
実際、こっちから提供できる“価値ある情報”なんて、もうないんだから。
三男、「確かに!」と納得。
そして続けて、
「あそこを左に曲がっていれば、今回のことは回避できた?」
……。
「100%できたな(笑)」
すると三男、
「じゃあ、これからはもう少し考えて道を選んでみる」と真顔。
え?
ちがっ……違うくないんだけど、そうじゃないんよ。
人生の分かれ道っぽい話をしてたはずが、
“危険回避マップ”みたいなものに着地してしまった。
ボクの話し方がイケてなかったんだな...
運命の?分かれ道は、
意外と近所に転がっている。
結局、どの道を選んでも、
予想外のことは起きる。
だからせめて、
そのときに動ける自分でいたい。
三男にも、そうあってほしい。
ま、これから色んなことにぶつかって、学んでほしいものだ。