「チョン・ユンホ!」



友人たちはよくもまあ俺を見つけ、どっと押し寄せてきた。
講堂の外の一角にある柱もたれかかっていた俺は、見慣れた顔が一つ一つ目に入るにつれて、ようやく現実に戻された。
学校悪くないな。おい、お前、ウノヒョンって何かあったのか?そうだよ、見えなかったけど。電話でもかけろよ。
やつらの口から出た言葉に、俺はようやく慌てて携帯電話を探した。 
ヒョンのことをすっかり忘れていた。 
透き通る光に引き寄せられ、確かに別の世界に足を踏み入れた。夢見てるようにぼんやりとしていた。



「君がウノの弟か。」



電話は相変わらず繋がらなかった。 何があったのだろうか。
理由が知りたくてヒョンのクラスを探して見たが、騒がしい輪の中にヒョンの姿はなかった。 
行き交う中、先輩であるヒョンの友人たちに会って聞いてみたが、やはり行方は分からなかった。
最後に、職員室を訪れた。ヒョンの担任を捜してさまようこと何分か。 
ヒョンの担任の先生に病院に行ったという消息を聞くことができた。なぜですか?と問う顔に、担任の先生は俺を慰めるように慰めるように、落ち着けと言って肩をつかんだ。



「ウノ、入学式の開始前に急に倒れたんだ。」



担任の先生の嘘のような言葉は俺を混乱させた。 
いつも影のようにヒョンについて回っていた貧血が問題だったのか。 
不安な心は勝手な雑念を持ち出し、下手に推測しようとする。 大事でなければいいが。
ついて来ようとする友達を振り切り、慌てて校門を出てバイクを探した。 
だが、泣きっ面に蜂とはまさにこのことか。この状況。



「......クソッ」



塀の下に置かれたバイクは、自分の体を支えられず地面に転がっていた。 
それ以上でも以下でもない、今朝みたいに何度も転がったらこんな形になるのだろうか。 
何で引っ掻いたのかは分からないが、ひどく荒々しく傷つけられている。
まったく、ヒョンが見たら本気で怒るだろう。 


どこのどいつが、俺の愛しい愛車をこんな役立たずの鉄クズにしてしまったのか。 
鼻で息を吐き、拳を握りしめ周囲を見回たす。もう一度深く息を吸った。 
周辺は無関心に通り過ぎるやつらだけで、別に怪しいやつは見当たらない。 怒りが込み上がる。


その時、“ザッ”。近くで靴をひく音がした。 
落とした視線はきちんと結ばれた運動靴に向かう。見たのはただ靴だけだ。 
しかし、俺は顔を上げ、顔を確認しなくても、俺の前に位置した主人公の正体が分かるような気がする。 

靴も主人に似ている。

やっぱり、白いマフラーだった。 
寒い外気に顔はさらに真っ白になり、両頬と鼻の先は桃のように淡いピンク色を浮かべていた。 
見ることが出来たのははせいぜい鼻の下まで。 
ひときわ目を引いていた柘榴色の唇はマフラーの中に埋もれて、最初はこのきれいなヤツが何を言っているのか聞き取れず、聞き返すしかなかった。
にも関わらず、マフラーに顔が埋もれたままもごもごと話すヤツは、だんだん険しくなっていく俺の顔に押されて、マフラーを顎の下まで引き下ろした。 
あらわになった顔は少し不機嫌なそうだった。
お前なんかが、僕のマフラーを下ろさせた、という顔だ。 
くだらない妄想ではなく、本当にそうだった。ああ、でもコイツ。ちかくにみると....もっと..



「イ・ジュホン」


「は?」



今度は聞き慣れない名前に聞き返す。



「僕と同じ学校をだった。 元々手癖汚いことで有名だ。」


「ああ…これ、こんなふうにしたやつ。で、知っているヤツか?」


「僕をつけ回してる。」



思わず失笑するほど呆れる返事だった。じっと見つめる瞳が本当だ、と付け加える。 
よく見ると、抜けているところがある。その大きな瞳から白痴美が見える。 


馬鹿にしたように鼻で笑うと、え、信じないのか?とでも言いたげに、眉をひそめながら頬に空気を溜めては抜く。
その薄くて冷たい頬が膨れ上がるたびに、決まって細い血管が透けて見えた。 

ああ、何だコイツ。本当に。

だか、もう少し観察したい、もっと話していたいという気持ちは、そこで終わらせなければならなかった。 
これ以上はこいつと遊ぶ時間がないと言って、自分を促す。 
差し迫った焦りが背後から俺を追い立てた。


俺は鉄クズになったバイクを足で蹴った。
八つ当たりにヤツは、驚いて目をパチパチせながら肩をすくめた。 
なかなか落ち着かない怒りは、声にも明確に現れた。 
こんな態度を取ればビビると思ったが、今度もまた予想をうらぎる。



「明日、放課後呼び出してくれるか?」


「うん。難しくない。」



あまりにも当然のように答えるので、何か企んでいるのかと思った。
俺を助けたからといって、こっち側に立ってくれたような妙な気分になりながらも、イ・ジュホンてやつと組んで、最初からはめるつもりなのか?と疑う。


いずれにせよ悪くはなかった。 罪は後で問えばいいし、俺は正当に罰する資格がある。 


今重要なことはヒョンの所に行かなければならないということだ。 
コイツといると、何度も忘れてしまう。一刻も早く遠ざかるのが正しいと判断した。


そのまま背を向けようとした俺を引き止めたのは、ほかならぬヤツだった。 
いくら聞いても慣れない妙な声だ。 
ふわふわと浮いてるわけでもなく、沈んでいるわけでもなく。だからと言って、ちょうどいいわけでもない。
声帯から響く声の合間から、不思議なことに息づかいが混じっていた。



「僕も、行ってもいい?」

「お前が、なんで」

「見物に行きたいから。」 



あきれた発言に俺はまたヤツの顔をまじまじと覗き込んだ。 
一言ずつ吐き出す度に、ヤツに抱いている考えがごちゃごちゃする。
あまりに早く変化するヤツへの認識に適応する時間がない。 
白痴じゃなく、価値観が違うのかもしれない。


そのきれいな顔で、言葉もやたらときれいに出る。
今俺の顔を穴が空くほど見つめながら、殴りたくなるほどに済ました顔で。



「あの顔がボコボコになるところを見たいんだけど……」


「......は?」


「イ・ジュホンが負けたとこを見たことがない。」



その憎たらしいほど可愛らしい唇は乱暴な言葉もさえも厭わない。 
そいつが負けたことがないという確信めいた目に、俺はじっくり記憶をたどった。 
イ・ジュホンって…そういえば聞いたことがあった気がする。
友だちたちが"イキってるだけの不良"と呼ぶ奴の中の1人だ。 
その名にふさわしくイきってるだけの不良らしい真似をしてくれた。


やがて、遠くで友達たちが俺を見つけた。
"置いていったと思ったら、まだ行ってなかったの
か?"とすねた口調で言いながら、俺の様子がただ事ではないことを感じ、口を噤む。 
そして、俺の足下に転がったバイクを見て絶句。やつらの口調が一人二人と荒くなる。 


俺は構わず白いマフラーを見つめていると、険しい顔で"こいつか?"と視線で問いかける。
白いマフラーは肩をすぼめて,いい加減な友達を警戒した。 
"違う"という俺の言葉が下ると、"だよな、こんなヒョロいのに何ができるってんだ"と納得する。
誰のバイクだと思ってこんなことをしたのか、イ・ジュホンこの野郎。



「俺もない」



しばらくぶり、話した俺の口に戸惑ったのは友達たちだけではなかった。 
俺が言った抑揚をなぞるように。
いや、それよりも自信に満ちた言い方で、丸くて大きな目が驚いたかと思えば、やがてぎゅっと固まっていた口元が柔らかく弧を描く。 


可愛い悪魔のように邪悪でもあり、無知でもあった。 
笑う口元とは反対に挑戦的な目で俺を見上げる。 
まるで賭けを仕掛けた子供が、その結果に期待を膨らませるような表情。 
学ランの上でふわりと浮かぶ真っ白な顔はとても愛らしかった。
目の前がクラっとし、肺の奥がジンと痛むほどに。
名残惜しい別れは、やつらと共に背を向けることで終わった。 
俺を見ているだろうか、それともさっさと背を向けたか。もうあの綺麗な顔がちらつく。


タクシーを拾って乗ってからも、白いマフラーの上にふわりと浮かぶ顔が何度も思い出された。
ヒョンへに苛立ち混じりの心配をぶつけながらも、ヤツがいた。 
見た目が真っ白で、ふわふわとした桃色の頬、濃い黒髪と黒い瞳。

なんでだ、なんであんな綺麗な奴がいるのか。

一緒にタクシーに乗ったやつらも、皆ボソボソと言い合う。
ああ。本当にきれいだった。男なのに何であんな顔してるんだ。 
共学じゃなかったら、すぐ後ろから襲われてるだろ。
好き勝手言いやがる。
なんだか憎らしくて隣に座っていたやつの口元を塞いだ。 
多分冗談のつもりだが、俺をにやにやと見てくる連中の目つきが妙に意味ありげだ。
"おいわ、お前もしかしてあいつに..."、"違って、お前ら、”、"おい、何が違うんだ"、"違う、絶対に。"面倒な冷やかしに、強くも反論もできなかった。 
強い否定は肯定だと、さらに面倒臭いことを言ってくる奴らだ、そうでもしないと本当にバレてしまうのではないかと思ったのだ。


その途中で電話があった。 受話器の向こうの母さんの声がいつもより静かだった。 
教えてくれた病室に探す間に陰鬱になった俺の顔に向かって、大したことないさ、と本気で心配をしてくれるやつらを背に、俺は病室の前に立った。 


手にかかったドアノブが静かに回る。俺はホルマリンの匂いが漂う病室の中へ、体を踏み入れた。
ジノヒョン、ジョノヒョン、そして母さんまで。彼らの顔はひどく沈んでいた。

俺は理由も分からぬまま、目の前が真っ暗になったのを感じた。 
彼らを掻きわけて近付いたベッドの上には、青ざめた顔色のウノヒョンがぼんやりと俺に向かって、かすかな笑みを浮かべていた。 


17歳。その始まりの日。


俺は愛するヒョンの背後に追いかけてくる死の匂いを感じた。