”ほっと”するホットニュース

アップルコンピューターのコマーシャルは、マッキントッシュ(以下、マック)の優位性を必死になってアピールしているように私には思える。
この場合何に対して優位を主張しているかというと、もちろんその相手はWindowsOS搭載パソコン(以下、パソコン)となる。

CMでは二人の男性が擬人化されたコンピュータを演じており、無機質で不器用なパソコンと、スタイリッシュでタフで楽しいマックを対比させることに一生懸命だ。
元来、比較広告という手法は、日本にはあまり馴染まないものだと私は思う。このコマーシャルを見ていて、アップルのあまりの必死さに泣けてくる上に、必要以上の比較アピールが下品だと感じてしまう。

ちなみに私は10年ほど前に、生まれて初めて自分でパソコンを購入したが、その時手に入れたのはパワーマック7500という機種のマッキントッシュだった。どうしてもこれが欲しかった。
その後仕事の都合でWindowsに鞍替えをして久しいが、今でも私はマックに対して良いイメージを持っているし、ショップで見かけるとアップルのコンピュータは他のどのパソコンよりもかっこいいと思う。

そんな私でもあのコマーシャルはいかがなものかと思うのだから、マックが嫌いな人はもっともっと嫌いになるに違いない。しかし、ターゲットを鋭く絞り込み、卑屈とも言えるマイノリティー戦略にはアップルらしさを感じる面もあります。


ところで、CMに登場する二人の男性のことを皆さんはご存じだろうか。
実はこの二人は、ラーメンズというコンビ芸人だ。

恥ずかしながら数年前に一世を風靡した「チバ・シガ・サガ」のFlashが、彼らのネタだということを、私はぜんぜん知らなかった。ついでにYouTubeでラーメンズの動画を見まくり、そのあげくに私は彼らのことがとても好きになってしまった。

「笑い」というカテゴリーで、私にとってラーメンズは完璧な存在かもしれない。
ただ相方の頭をどつきまくるだけのものや、だじゃれに毛が生えた程度の到底「芸」とは呼べないものを恥ずかしげもなく披露している連中とは違う。すげえよ、すげえよラーメンズ!とくに小林さん(マックのほう)。

彼らはテレビというメディアに対するアンチテーゼのような役割を担っている面もある。ラーメンズのことについてはまた別の機会にでも突っ込んで書いてみたいと思います。


閑話休題。上で書いた通りアップルのCMは、下品・必死すぎとの印象を受けてしまう。
にわかラーメンズファンの私としては、加えてこのコマーシャルが彼らの魅力の10%も表現出来ていないなと思う次第です。
異性との相性ポイントがわかるSNS「Locu」(ロキュ)

恋のから騒ぎ は私にとって、自意識過剰の恐ろしさを思い知らせてくれる番組だ。

この番組に選ばれた十数名の女性たちの中には断固たるヒエラルキーが存在しており、座っている位置で個々の地位を知ることが出来るようになっている。
最上段に座る女性はキャラが立っている必要があり、最終的には若手芸人レベルの切り返しを求められることになる。中断の両端に座る女性はパワフルである必要に迫られ、最終的には自分というキャラクターに翻弄される運命にあるw

二段目中央と最前列に至っては、よくもまああんなに胸くそが悪くなる女を集めたものだと、毎度毎度感心させられる。この階層に属する女性の話を聞くたびに、自分を過大に評価することがどんなに恥ずかしいことなのか、嫌と言うほど思い知らされる次第。ああはなりたくないものだ。

彼女たちに共通している勘違いは、ものの価値に対する思想の誤りだ。
ある銘柄の株価が上昇し始め、テクニカル(指標)の面で一定の閾値(しきいち)を超えた場合、一気に多くのお金がその銘柄に流入することがある。すると当然その株価は上昇し、そこで売り抜けた人たちは利益を手にする。
このように値動きに対して資金を投入することを特に「投機」などと言い、会社の将来性を評価した「投資」とは分けて考える向きがある。投機とは、単純にその時の値動き自体が買われているということに過ぎない、一過性の相場だ。

彼女たちが今現在モテている理由はまさに投機的だ。にもかかわらず自分たちの将来性や人間性が評価されていると勘違いしているところが痛々しい。早く目を覚ませ。

今現在彼女たちは、そりゃ確かに若くて結構美人なんだろうなと思う。しかしこの番組を見ていていつも思うのは、やっぱりゲストで登場する本物の芸能人は美人さんだなーということだ。
根性がねじ曲がっている中途半端美人な素人娘がごろごろいる環境なだけに、そのコントラストはいよいよ明確になるw


先日、恋のから騒ぎのゲストとして登場していたのはゆうこりん(小倉優子)だった。

私は別段小倉優子のファンというわけではないが、とてもかわいいと思うし性格よさそうだしスゲエ頭も良さそうなので嫌いではない。こりん星からいちごの馬車でやってきたりんごももか姫という設定も嫌いではない。
また上で述べたとおり、中途半端な顔の性格どブスな女が散見されるおかげで、ゆうこりんの魅力が際だつ一時であった。

ところでここ最近、「りんごももか姫」の設定があやふやになってきたなと感じていた矢先、ゆうこりんのマネージャーは「そろそろこりん星を爆発させたい」と考えているのだそうだ。

急転直下、ゆうこりんの出身地が変更される可能性があるということか。というかオフィシャルブログでは既に千葉県と表示されているw
どうやら着々と計画は進行中のようですね。芸能界っておそろしい。

しかし個人的には、今の「一応主張してるけどもういいや」的な空気でそのまま行くのもアリではないかと思ったりします。
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先日スタートしたフジテレビのドラマ「わたしたちの教科書」を見た。

私などから見ると、学校という社会で起こっている忌まわしい出来事は、正体不明のブラックボックスのようなものだ。
また現場にかかわる教師や父兄などの近い人々でさえ、私と比べてどのくらい真実(ほんとう)を知っているというのだろうか。

実際私たち大人にとって、子供の世界で起こっている出来事は分からないことだらけだ。物事を必要以上にミステリアスに仕立て上げるのは良いことではないが、彼らのことを理解しようと思ったら、大人には並大抵でない努力が不可欠で、そのくらいお互いの世界には隔たりがある。

その意味で、「わたしたちの教科書」に私はとても期待をしている。本当に彼らの実態を直視した一部の大人が、真実をどのように描いてくれるのか、他力本願かもしれないけれど期待している。


劇中、志田 未来が演じる藍沢 明日香の問いかけはなかなかインパクトがあっておもしろいと感じた。しかし同時に、彼女の世界を憂いる言葉が「嘘っぱちだ」と直感的に思った。
菅野美穂が過不足なくその妄想を打ち砕いてくれたので、私としてはこれ以上言うこともないわけだが、その直後に藍沢 明日香があっさりと自分の至らなさを認めるあたり、リアリティの欠如を感じた。
こういうタイプの子ってもうちょっと頑固じゃないでしょうかw

また、菅野美穂の論破は見事ではあったのだが、どうにも阿久津真矢先生と同じ論理を違う言葉で言い換えているだけ、という気がしなくもない。

いいかげん目覚めなさい・・・遠くのことばかりを考えて、目の前のことから逃げるのはもうやめなさい・・

つまりそういうことじゃないだろうか。
ただこの考え方は問題点の正鵠を射抜くものだと私は思っている。まさにその通り。だから「同じやんけパクリやんけ」と思いながらも、菅野美穂の台詞にいちいち頷きながら見てましたけど何か。


それにしても・・・菅野美穂が「母親なんです」という設定に無理を感じるのは私だけだろうか。たったあの一言で、ドラマの行く末が一気に不安になってしまったのは私だけだろうか。

もしかして菅野美穂自身が現実逃避をしていて、ドラマの最後でそのコンプレックスを打ち破ってそれで終わりなんてことはありませんよね。先日記事にしたNHKのハゲタカも、残念なことにほとんど私が心配した通りの結末を迎えてしまったし・・・甚だ不安です。


それでも第一話としてはわりと心を掴まれた面もあり、あとはいじめや教育の問題は私が以前から知りたいテーマでもあるので、今後も見続けるドラマになるだろうと思う。
私はただ、このドラマに「子供の世界を明らかにする」という役割を担って欲しいと思っています。そうでないなら、見る価値がない。