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松山から生放送 大型連休もさだまさし

私がこれから紹介しようとしている番組のタイトルは本当にこれでいいのだろうか。テレビ欄には確かにそう書いてあったのだが、正直言って自信がない。
なにせこれは究極に手のかかっていないパーソナリティー頼みの番組なのだ。タイトルが何なのか分からないくらい、手がかかっていないのだ。しかし、紹介すると決めたからにはそんな些事にはかまっていられない。

私は数年前のあるニュースがきっかけで、さだまさしの大ファンになった。そのニュースというのは、判決が下っても反省の色を見せない若い被告に対して、ある裁判長が「この曲を聴け!」といってさだまさしの歌を法廷で流したというものだった。裁判長が被告に対して「さだまさしを聴け!」というのは、考えてみると非常にロックではないだろうか。思えば以前、私の知り合いが酔っぱらいに絡まれ、ぶん殴ったあげくに「貴様!メタリカを聴け!」と言い放ったことがあった。この裁判長は私の知り合いに劣らずハードなロック魂の持ち主であるに違いない。流した曲はさだまさしだが、魂はロックそのものだ。

そして私はその時に裁判長が被告に聴かせた「償い」という曲をどうしても聴きたくなった。いったいどんな歌なんだろう。
後日私はその「償い」をたった一度聴いただけで、強烈に心を揺さぶられた。なんだこの歌は、すげえ、沢田知加子よりすげえと思った。

こう見えても私は結構音楽にうるさい。まず「なにを言っているのか分からない歌」が嫌いだ。カラオケで誰かが歌っているときに字幕を見てはじめて「焼き肉の歌じゃなかったのか」と思ったこともある。
そして、何を言っているのかがギリギリ分かったとしても、「なにが言いたいのか分からない歌」がさらに嫌いだ。
日本のポップスシーンにおいて、この「何を言っているのか分からない歌」と「何が言いたいのか分からない歌」が蔓延している現状を、私は常に嘆かわしく思っている。変な横文字に逃げたり、「た」という文字をわざわざ「つぁ」と発音するのも嫌いだ。それって本当にかっこいいことなんですかね?

その点、さだまさしの音楽はいずれをとっても明瞭な発音で聞き取りやすく、何より一度聞いただけで意味が分かるのがすごい。さだまさしは10年の物語を5分で理解させる達人だ。


さて、この「大型連休もさだまさし」というタイトル(たぶん)の番組の内容は、視聴者から送られてきたはがきを読み、それに対してさだまさしとスタッフが会話をする、というただそれだけのものだ。スタジオ内も質素極まり、画面中央にはホワイトボードに手書きされたイラストがあるだけw
感じとしてはラジオの公開番組が映像付きで流れてくるようなイメージです。


こんな質素でいい加減な番組であるにもかかわらず、私はさだまさしの話に引き込まれてしまう。一見彼がしゃべっている内容は与太話に毛が生えた程度なのだが、その実奥深い所には独自の哲学が存在する。私はこの人の歌を聴いていても、この番組の話を聞いていても、奥底に同じものが脈打っているのを感じる。とにかくこの人は優しい人なんだろうなあと思います。

そもそも表現というものは、自分の中にあるものを外側に出す行為ではないか。日本にはなぜ内容が感じられない楽曲が蔓延しているのかというと、それは作り手の奥底に何らの哲学も存在しないからだ。
哲学のない表現者というのはカスタードクリームを欠いたシュークリームだ。アマチュアでやっているならもちろん文句はないが、そのような欠陥商品を売る人々も、もてはやす人々も、どうかしているんじゃないかと私には思える。



ところで、この番組は実は定期的に放送されていない。何というか、素人考えですが番組編成の隙間に「つなぎ」として企画されていることが多いような・・w
内容が適当だなーと思っていたら、成り立ちそのものが適当だったというわけです。この番組にとってさだまさしはカスタードクリームという位置づけで、それ以外はなにもいらない。個人的に、この徹底ぶりは気持ちが良い。

さて、長々と書いてきたが、この番組の一番すごいところを紹介して終わりにしたいとおもう。
なんとこの番組はNHKで放送されているのだ!

ここ数年来NHKは変化し続けているが、その変化が結実した番組が、このタイトルも不確かでいつ放送されるか分からないいい加減な番組なのだと思う。
その上、わざわざきわどいことを言いがちなさだまさしという人物に90分をゆだねているところに、制作者のエスプリが感じられる。私はNHKのチャレンジを見守りたいと思います。