アナウンサーと解説者の相性 | テレビで楽しむプロ野球

テレビで楽しむプロ野球

テレビで野球観戦し続けることウン10年のプロ野球ファン。CS放送以外のジャイアンツ戦は全て録画してでも観戦しています。日々の観戦ノートを元に、1カードにつき1記事ぐらい、書いています。

G×T @甲子園球場
6/24 NHKBS ●●アナ、解説:●●●●
6/25 NHKBS ●●アナ、解説:●●●●
6/26 テレ朝 ●●アナ、解説:●●●●、●●●●

 東野投手が口を閉じたまま口角を少し上げて、一生懸命朗らかな表情を見せようとするシーンが、1戦目に何度かありました。主審との相性がいまひとつで、東野投手にとって厳しく際どい判定があったからです。ぐっと堪えて、努めて前向きにジャッジを受け止めようとする表情だったのだと思います。なんて健気。
 グラウンドの中では、投手と主審、投手と打者、投手とマウンド、などなど、相性が試合に影響を及ぼすことが少なくありません。同じように、グラウンドの外にも相性はあります。この三連戦中に、実況アナウンサーと解説者の相性のしっくりこない中継が、久しぶりに、珍しく見られました。あれぇ、なんとなくいま噛み合っていなかったような。と思っていたらゲームセットまで、それはほぼ一貫していました。こんな事態は滅多にあるものではありません。貴重、貴重。
 「相性がよくない=よくない中継」というわけではありません。二人の齟齬から、逆に気付かされる野球の多面性や奥行きや面白さがいくつもあるからです。ですから、お二人に対して少しでも嫌な印象を抱かれるのは本末転倒。お二人を非難する気など全くゼロ。念のため、上記のアナウンサーと解説者名、下記の選手名はあえて全て伏せ字にしました、あしからず。
 お二人のやりとりをいくつか抜粋します。

解説「ここはフォアボールを出すよりはヒットを打たれた方がいいですね」
アナ「チームのヒット数も前半で4本ですから、決してたくさん打たれているわけでもないですしね」
解説(少し語気強まる)「今の(自分の言葉の意図)はね、フォアボール出すより、ヒットでランナーを出した方が試合の流れ的にはいいという。フォアボール出したら得点に繋がるんじゃないかという雰囲気なんですよ。ヒットの場合はそんなに心配する必要はないという感じがするんです」
アナ「そうですか。はい」

アナ「今の●●投手の一球はどうですか」
解説(きっぱりと)「一球だけみて判断するものじゃあないんですよ」

アナ「とらえた当たりはライト線っ! ●●は二塁へ! バッターがとらえたという当たりは初めてといってもいいかもしれません」
解説「今の、バットの先ですよね。当たった瞬間はそういう(とらえたような)感じでしたけど、バットの先じゃないかと思いますけどね。(VTR流れると「バットの先」)先ですね。当たり的には、ものすごくいい感じではないです」

アナ(投手交代になりそうな局面にて)「そうなりますと、タイガースとしては通常のピッチャーの継投パターンよりは1イニング前倒しで動いていかなければならなくなると」
解説(少し鼻で笑いながら)「まあでも、すでに●●投手(中継ぎ)が出ている時点で前倒ししてるので、そのへんはそういうつもりで(投手を)使っているんじゃないですか、今日は」

アナ「●●選手の(バッティングの)状態はどうですか」
解説「うーん、状態は……どうなんスかねぇ……今は打てる球がきてないですね」

アナ(球を握り損ねてショートが送球できなかったため、4-6-3のゲッツーならずというシーンにて)「セカンドから(ショートへ)の送球がちょっと高くはなりましたが、一塁への送球ができませんでした」
解説「今のは高いとかいう問題じゃないですよね」

アナ「●●(一塁ランナー)もスタートをきれるカウントとなってきましたが」
解説「どうですかね、これ。いや、今、走ってこないでしょ」
(直後に●●選手はセカンドへと走りアウト、三振ゲッツーとなりスリーアウトに)
解説「今、僕は走ってくるところじゃないと思いましたけどね」

 こうして文字にしてみると、間合いや調子や声色などが伝えられないため、いまひとつ二人のぎくしゃく感がピンときにくいのは残念。けれども、きっと中継ディレクターは「今後この二人の組み合わせは避けた方がいいかもしれない……」と頭にインプットしたのでは。などと思ってしまうぐらいのコンビでした。このアナウンサーと解説者の相性のよくなさは、単に性格的や生理的に起因しているだけなどと限定できなさそうです。そう簡単に片付けてはなりません。では、理由はどこにあるのでしょう。
 このアナウンサーは実況内容からして、職業柄当たり前ながら、事前取材も一通りしっかりと行い、野球の勉強も怠らないタイプだと思います。ただ悲しいかな、その一生懸命さに落とし穴があったような気がするのです。どれだけ野球を学ぼうが、下調べを頭に入れておこうが、つまるところプロ野球経験者には適わない話が多い。そこを意識したスタンス、謙虚さに少し欠けていたのではないでしょうか。客観的に正しくまっとうな話をしているときでさえ、どこか自分で決めつけてしまったような口調がにじみ出て、少し熱っぽく語ってしまうところがある。要するに、観客席やテレビの前で自由に奔放に持論を振りかざす、野球ファン的性向の見え隠れする実況話になっていたと思うのです。そういう意味では、観戦側としては親近感が持てる面もあり、このアナウンサーに同情めいたり自戒めいた気持ちもわいてくると言えます。
 もうひとつ、彼はどちらかといえば、よくしゃべるアナウンサーです。解説者が口を開くタイミングの芽を、彼の言葉たちの行進が知らず知らすしゃべりつぶしてしまっていた印象があります。話すのが仕事ですし、野球を語りたい気持ちはよくわかる。けれども、ここが意外と大きなポイントだと思います。
 なぜなら、解説者という人種は元プロ野球選手。無理矢理比較するなら、厳しい受験戦争を勝ち抜いた現役東大生は約1万4000人(東大HPより)ですが、現役プロ野球選手は340人(支配下登録選手各70人×12球団)。プロ野球チームに入団するのは東大入学よりも狭き門なのです(ということは、東大卒の松家投手は希少すぎる存在!)。そんな狭き門をくぐったのちに引退後、解説者の肩書きを得るのは、ごくわずか。厳しい世界を戦い続けてきた高い自負心や挟持を持っているのは、表に出す出さないは別として、当たり前なのではないでしょうか。
 ですから「アナウンサー<解説者」という野球世界における立場の図式を強く心して、アナウンサーは実況に臨むべきなのです。自分の知識や見解は完全なものではないという認識を持つことがアナウンサーには肝心なのではないでしょうか。アナウンサーの役割役目は、野球の知識や取材情報はしっかりおさえつつも、あくまで野球をニュートラルに伝えること。専門的な話には極力口出しせず、話のきっかけを解説者に与えて導くこと。ここにできる限り徹したほうが、解説者とのテンポはスムーズになり空気は淀まない気がします。そうなると今度は、解説者の力量も問われるわけですが。
 野球世界における立場図式に、さらに「現役選手」を加えると、「アナウンサー<解説者<現役選手」になると思います。このポジショニング下での実況や解説が、本来的にベストで、テレビ観戦者の耳にもやさしく、まっとう。無難です。ただいっぽうでは、無難ではない、この図式と異なる関係性下での新型野球中継が成り立ちはしないものかと考えてみたりもしてしまうのでした。