今回は、岡田尊司さんの著書「愛着崩壊 子どもを愛せない大人たち」(角川選書)の中から、過去に、今の日本以上に、母親が子供と関わりにくい育児環境に合ったデンマークが、ある対策によって出生率を1.38から1.9まで回復させた事例について紹介します。
 なお、本著が出版されたのは2012年であり、以下の記述は、その当時のものであることをご了承下さい。

(上著の第7章「愛着システムを守れ」内の「愛着システムと調和した経済原理とは?」内の「デンマークの場合」より一部をノーカット抜粋)
 デンマークでは、比較的早くから共働きが一般的で、保育所の利用率も高かった。女性の社会進出が早くから進み、女性労働力率は1980年に7割近くに達し、0歳児の2割が保育所に預けられていた。その間、合計特殊出生率は低下を続けた。出生率の低下と逆行するように、境界性パーソナリティ障害が急増し、自殺率も高かった。1970年には扶養児童家族拠出金が導入され、子供がいるすべての世帯に手当金が支給されるようになった。最近日本で導入された子ども手当とほぼ同じものである。しかし、その後も出生率の低下には歯止めがかからなかった。
 1983年は、ついに合計特殊出生率が1.38まで下がってしまう。そうした事態を受け、切り札として行われたのは、出産休暇の大幅な拡充であった。1984年から20週間、さらに翌年からは24週間の有給の出産休暇が取れるようになった。出産後の2週間は両親ともに取ることができるという手厚いものである。また8歳までに、両親は1人の子供に対して合計1年間までの育児休暇(両親休暇と呼ばれる)を取ることができ、それを出産休暇に連続して取れば、子供が1歳半になるまで育児に専念することが可能だ。その結果、保育所に預けられる0歳児の比率は、1980年と比べても若干ながら低下している。
 合計特殊出生率は、1983年をボトムに、出産休暇が大幅に拡充された1984年から改善し始め、現在では1.9という水準まで戻っている。それと、逆行するかのように、自殺率、ことに女性の自殺率が低下していることは注目に値する。

 以下、上記の記述をもとに考察を行います。

 早くから女性の社会進出が進んでいたデンマークの1980年の女性労働力率は7割近く、0歳児保育が2割だったとのこと。女性の積極的な社会進出は出生率の低い先進国共通の特徴ですが、日本では令和3年時点であっても、女性労働力率が53.5%、0歳児保育の割合は5.3%だそうですから、当時のデンマークでの育児環境は、今の日本をはるかに上回る劣悪な状況だったと言えます。そこからの出生率1.9までの回復は驚くばかりです。

 因みに、デンマークでは、第二次世界大戦頃までは日本と同様に「男は仕事、女は家庭を守る」という意識が強かったそうですが、戦後は女性が積極的に社会進出するようになったそうです。おそらく、その時から子供を保育所に預けるようになったと思われます。一方日本で同様の気運が盛んになったのは、その約40年後、男女雇用機会均等法が制定された1985年で、それ以後はやはり多くの子供が保育所に預けられました。その後デンマークでは、1983年に先述のように公的な制度を拡充させ、乳幼児期の母子の関係を緊密にする、即ち保育所の利用をできるだけ控えるようになりましたが、遅れて保育所を利用し始めた日本では今もその意識は変わっていません(5人に1人以上とも言われるフリーランスに至っては育休さえ取れません)。つまり、デンマークの育児状況は今の日本よりも常に一歩先を行くものです。日本としては、自分達の今後を見通す上で、これを参考にしない手はないと思います。

 さて、このデンマークの回復の要因が、1970年から給付された、日本で言う「児童手当て」による現金給付ではなく、1984年以降、親が乳幼児期の子供と関わる時間が増えるように制度を拡充したことであるのは明白でしょう。
 これまでの日本では1995年の「エンゼルプラン」以来、逆に国が「保育所を増やしてお子さんを預かるので、お母さん方はもっと外で働いてください」と呼びかけて、皮肉にも母親が子供から離れるように仕向けてきました。その正反対の政策の結果が、以下のグラフには如実に現れています(日本が「エンゼルプラン」を策定したのが、デンマークが出産育児休暇を拡充させて、既に出生率を約1.8まで向上させていた時だったのは残念でなりません)。
 なお、24週間(6ヶ月)の出産休暇を取ってから、その後8歳までに合計1年間までの育児休暇を断続的に取るよりも、1歳半まで続けて育児に専念した方が効果は大きいと考えられます。なぜなら「生後1歳半まで」というのは、子供の一生の人格を決定づける愛着形成の臨界期(最適期)と見事に一致するからです。その間に、その時期の発達課題である「基本的信頼感」を獲得させれば、子供は親を信頼するので、その後の躾もスムーズに進みます。
 もちろん中には、国が示す通り断続的に休暇を取った家庭もあったと思われますが、それでも、乳幼児期に合計で1年半子供と関われる期間を作っただけで、ここまでの改善が見られたということは、大変示唆に富んだケースだと思われます(「仮に乳児期に十分な愛着が形成されなくても、その後できるだけ早い時期に修正できれば愛着は安定する」という専門家の指摘とも合致します)。

 以上のことから言えるのは、同じ家族関係社会支出でも、東京大学大学院の山口慎太郎さんが「習い事や家族サービス等ですぐに消えてしまう」と危惧するような「児童手当て」等の現金給付や、愛着形成の「臨界期」の真っ只中にいる0歳児を保育所に預けるためのサービスの提供(例えば、0歳児担当保育士の人件費やその分の施設及び土地代等)に使うのではなく、例えば、全ての親が有給で我が子が最低1歳(理想は1歳半)になるまでの育児に専念できるような環境づくりのために使えば、立派な少子化対策になるということです。
 現在日本では、両親揃って育児休暇を取得した場合は14〜28日間は実質10割の給与を受け取れる方針になっていますが、それ以降についても、現行の67%(6ヶ月まで)や50%(それ以降)に、現状かかっている現金給付や0歳児の保育サービス提供にかかる支出分を補填すれば、より効果を発揮すると考えます。

 奇しくも岸田首相は、子ども・子育て政策の主要な財源の一つ「支援金制度」について「1人当たり月平均500円弱」と、更なる国民負担を求めることを明らかにしました。くれぐれも、そのお金が無駄に使われることがないように願うばかりです。

 この続きについては、次回「デンマークの少子化対策に学ぶ(その2) 〜狩猟時代から今も逃れられない人類〜」で、主に、デンマークがなぜ“25年”で出生率を回復させたのか、についてお話しします。