今回からは、前回までの付録として、学会時に参観者に配られた研究発表資料を掲載します(あくまでも付録なので、文字の大きさがかなり小さめになっていることをご了承下さい)。
注)文中の括弧付き数字は、その内容についての引用・参考文献があることを示す。文献の詳細は以下を参照→


少子化をはじめとした、引きこもり、依存症、虐待、犯罪等の愛着不全に由来する社会問題を改善するために
―自治体の妊婦健診等の一環として行う親への啓蒙プレゼンテーション視聴の提案―
遠 藤 暢 宏

1.本研究の目的

 昨今では、虐待事例に顕著に表れているように、親自身が子供の頃に受けた不適切な育てられ方と同じように我が子を育てるために適切な子育てができない「真性の母性喪失」 (1)(2)や、逆に、親自身は子供の頃に愛情を十分受けていたにも関わらず、仕事等の関係から自分の都合を優先的に考え、結果的に子供が不登校や引きこもりになる「状況性の母性喪失」(3)に陥る実態が見られる。特に後者については、就学前の子を持つ母親を対象に行ったある調査によれば、「子育ても大事だが、自分の生き方も大切にしたい」という意識が上昇している(4)ことから、今なお増加していると考えられる。

 因みに精神科医の岡田尊司氏は「普通の家庭の約三分の一の子供にみられる愛着スペクトラム障害(親子間の不安定な愛着によって至る子供の人格不全症状。深刻な『愛着障害』と区別して比較的軽度の場合を指す(5)が、将来的に、離婚や家庭崩壊、虐待、結婚や出産の回避、社会に出ることへの拒否、非行や犯罪等の社会問題を引き起こす場合がある」(6)「愛着を形成するための臨界期は生後1歳半まで」(7)との旨を指摘している。聖マリアンナ医科大学の堀内勁氏も、医学的には軽度の領域にあるにも関わらず、親との愛着関係が不完全であったためにアルコールや薬物、更には暴力への依存に至るケースがあることについて警鐘を鳴らしている(8) 。

なお、この「愛着スペクトラム障害」について、保護者が「先天性の症状」と誤解しないように、啓蒙プレゼンテーションの中では「愛着不全」と呼ぶ。

 以上のことから、親子の愛着関係を安定的に保つための正しい育児環境や育児方法について、子供が生まれる前に保護者に広く周知されなければ、今後も上記のような様々な社会問題が発生すると考える。そのためには、新しくそのための機会を創り出すよりも、既に自治体が実施している妊婦健診の枠組みを利用して、親を一堂に集め、正しい育児情報を知らせるプレゼンテーション(原則一度だけ)を行う方が有効であると考える。加えて、愛着の後天性の性質を踏まえ、既に愛着不全症状がみられる子供の親を対象に、乳幼児健診の一環として同プレゼンの視聴を行うことによっても劇的な改善が期待できる(9)。視聴当日は、全てのスライドと解説文とを掲載した別冊資料を配布し、帰宅後に家族の中で共通理解を図れるようにする。


 因みに、現在は少子化問題が国の存亡がかかるほどの大きな問題として議論されているが、複数の調査(10)(11)(●)から、未出産の20代から40代の女性会社員や、次の子育て世代を担う18歳から25歳の若者の中で「子供はいらない」と考える人や、「結婚は考えていない/したくない」と考える女性にそれぞれの理由を聞いたところ、その内訳は、経済的な理由よりも、「子供がほしいと思わない」「子供が苦手」「自分の自由な時間が無くなる」等や「人と一緒に住みたくない」「独り身の方がいい」「自分の自由な時間がほしい」等と言った、子供や異性を含む他者との絆を大切にする他者愛よりも、自分の都合を中心に考える自己愛の方を優先する「回避型」と呼ばれる愛着不全に由来する理由を挙げる人の方が多い実態が見られること。また、異性と結婚したり付き合ったりしたことさえないという、やはり「回避型」に該当すると考えられる20代の若者が男性で約7割、女性で約5割もいる実態(12)が見られること。更に、今もなお社会の「回避型」化が進んでいるとされる(13)状況下にあっては、今政府が考えている様々な経済的な支援だけでは不十分であることは明らかであるが、少なくとも現時点では、先のような結婚や出産に対する価値観を変えるための国の政策は見られない。

 更に、少子化問題に詳しい東京大学大学院の山口慎太郎氏が「少子化を改善するならば、現金を給付するよりも、母親の子育て負担を減らして出産へのハードルを下げるべき」との旨を指摘している(14)が、拙案のプレゼンを視聴することによって視聴者が「子育てが上手くできそうだ」「父親からの協力も得られワンオペ育児をせずにすみそうだ」「子育ての責任を自分だけが負わなくて済みそうだ」等と思えるようになることが期待される。そもそも、世の中の多くの親が、自分のしつけ方や褒め方・叱り方についての悩みを持ち(15)、その結果として先の愛着不全に由来する様々な社会問題が起きている状況を看過することはできない。

 なお、先のような異性との結婚や子供の出産への意欲は、決してそれらに特化した特別な配慮が必要というわけではなく、後述するように、乳幼児期にきちんと子供の世話をして安心感を与えることによって、その必然的な結果として獲得できるものである。つまり、少子化を改善できるのは、行政からの経済支援等ではなく、家庭の教育力しかないと考える。因みに、東京大学大学院の赤川学氏も「経済的に豊かな国ほど出生率が低い」「都市部ほど出生率が低い」と結論付けており(●)、一刻も早く経済的支援から舵を切るべきである。

 一方で、拙案プレゼンでは、結婚や出産を妨げている「回避型」に陥る原因と、それに応じた知識と対策も紹介していることから、少子化問題を考えるうえではより効果的であると考える。


(つづく)