ふと気がついた。
あれれ?
息子の話で、違和感が。
今さらながら気がついた。
ある日、進学のことで言い合いに。
将来のことを考えると。。
Aコースに行く方が良い。
Bコースは不利だ。
みたいなよくある話。。
話を聞いていると、何?Bコースに行く気なのか?みたいな話ぶり。
【私】いやいや。ちゃんと聞いてた?
絶対Aの方が後々役立つんだよって。。
【息子】いやいや。誰もBに行くとは言ってない。。
みたいな言い合い。
その内ヒートアップして来て、親子喧嘩に発展。
この話を彼女にしたらしい。
そうしたら、彼女の親御さんにも伝わって、
「喧嘩しておうちで勉強しづらいなら、うちにお泊まりに来なよ」と誘われたとの事。
これが、先程息子本人から聞いた話。
しかし、お泊まり会に誘われた時はそんな話は出なかった。
「向こうのお母さんが楽しみにしてる。
準備してくれてる。断るのは悪いから行く。」
定期テスト、2週間前を切ってるいる時点で、なぜ?
理解不能で私はかなり叱った。
「C(息子)が来たら楽しい🎵勉強はうちですればいいから🎵」
が、お誘いの理由だった。
しかし、その時はもう親子喧嘩はおさまっていた。
どちらが本当の話なのか。。。
お泊まり会の話を私にした時に、親子喧嘩の内容を先方の親に話したことがまずいと思って、肝心な点を隠したのが正解なのか。
それとも、彼女のおうちとの関係が微妙になった事で、帳尻を合わせようとして、こちらの親子喧嘩の話で先方の親が気を遣った事にしたいと考えたのか。。。
????
これは俗に言う二枚舌なのではないだろうか。。
こういうのって、嘘がバレた時、更なる深い溝ができることに気づいてないのか?
2度と親に信用してもらえない。
彼女との関係も微妙になる。
友人に話した所で、悪いのは私。本来の意図は伝わらない。あいつの親は変だとなる。
実際、もう学校行事に行くのはやめようかなと考えてしまった。
高校生だし、行かなくてもいいと言えばいいけど。
人間関係において、誠実さというのが、最終的に大きな信頼になるのをわかってないのか?
(バカを見る時はあるけれど、見てる人は見てるものなのだ。人としての信頼は後から付いてくる)
私たち親の育て方が間違っていたのか?
過干渉だったのか?それはわかってる。日々反省。
ここはもうお手上げというか、何もかも放棄してよいのか?
好きにしたらいい。
後々困るのは息子だと、腹を括るしかないのか。。
思うような成績が取れなかった。思うよに進学できなかった。思うような仕事につけなかった。→息子自身の責任
甘い判断しかできない子に育ててしまった→親の責任
人生においてどこかで失敗して、今の私ら親のように反省して軌道修正する時がくる。
ただ、そのどこかが肝心なのだと考えるのは過干渉なのだろうか。
去年ならまだいい。まだ時間に余裕がある。
進路を考えないといけない今。
微妙な軌道修正はよいとして、大きな軌道修正は命取りになるのではないだろうか。
ベビーブームの年に生まれ、いわゆる氷河期世代で、就職活動に苦労した私には、いかに今が大事なのかというのが痛い程わかる。
資料請求さえも困難で。面接にさえたどり着けないあの恐ろしい日々。
自分にもっとスキルがあれば。。もっと学歴があれば。。と涙する日々。。
会社に入ってしまい、一人前になって行くと学歴というのが、仕事にはあまり関係ないのはよくわかる。
高学歴🟰仕事ができる。。わけではない。。
これは会社に入って痛感した。
もちろん、高学歴🟰仕事ができる人も沢山いる。その逆の人も沢山いるのだ。
要は個人の能力と学歴はさほど関係ない。
インプットする力、アウトプットする力、考える力、行動する力、そして人と協力する力。
これらの力が強い人が、仕事ができる人なのだ。
しかし、履歴書だけではこれがわかりにくい。
面接までこぎつけて、己をプレゼンできてなんとかわかってもらえる。。
この考えは古いのか?
地の時代から風の時代に移ったとか、スピリチュアルの世界でよく聞くが、どうなんだろう。
氷河期世代もいなくなり、Z世代の息子たちが働き世代になる頃には、私の価値観などゴミなのかもしれない。
すでにゴミかもしれないが。。。
パソコンとネットがあれば、どこでも仕事ができる時代。
企業に属さなくてもなくて、仕事には困らない時代。。なのかもしれない。
そういうお仕事をしている人はたくさんいる。
しかし、みんながみんなそうとはならない。。
子育てとは、親育てと母に言われた事を思い出す。
親のメンタルを育てると言う意味ではない。
親も新たな価値観と闘い受け入れながら、良し悪しを判断する力を育てる事なのだ。そして、その経験を我が子にわかりやすく伝える力を身につけることなのだ。
さてさて、今後はどんな対応を息子にしたら良いのだろうか。
しばらく、冷戦が続くだろう。。。