「神戸空襲を記録する会」主催の”戦跡ウオーク”に参加しました。
このウオークは今回で14回目だそうです。
阪神石屋川駅の南広場に集合。
「ご参考」
石屋川の右岸土手、石屋川公園に野坂昭如氏の原作「火垂るの墓」の
舞台になった所があるが、映画化されたのを機会に記念碑が制作されている。
石屋川公園の「火垂るの墓」の碑・・・・・がそうである。
氏は昭和20年6月5日に大空襲に実際に遭遇しており、この時、養父を亡くした
そうである。
妹は疎開先の福井県で栄養失調で亡くしている。
小説は事実と多少異なるが氏の体験を元にした事には違いないと思う。
この映画を見て、感動したのを今でも覚えています。
事務局より、本ウオークの趣旨説明とコースの案内がありました。
本日は、神戸空襲の体験者の話と歴史学者の話が聞けるので
とても良い勉強になりそうです。
上記、真ん中の写真は、来年の夏に完成する「神戸空襲記念碑」です。
ウオーク参加者は160名です。
全てが高齢者ばかり。
だから忘れ去られようとしている神戸大空襲の
実体験を記録に残そうと考えられています。
この「東明八幡神社」付近は大変な爆撃にあったそうです。
6月5日には、何と474機の爆撃機が一斉に襲ったそうです。
ここで、空襲体験者からの話がありました
避難した防空壕に爆弾が直撃
妹を目の前で亡くしたそうです。
機銃掃射による弾痕がいたる所に残っています![]()
どうやら爆撃の前に偵察機が飛来して、銃を乱射したようです。
東明八幡神社を少し北に登ると巨大な古墳に遭遇。
全長70米、前方部32米の前方後円墳があります。
この古墳は戦争の爪痕ではありませんが、歴史学者の専門分野らしく
結構長い間、説明していました。
古墳の名前は、”乙女塚”です。
万葉集にも歌われているそうで、恋多き女性の悲劇を
悲しんでこのお墓を建設したとか。
この墓を中心に、東西2ケ所に男性の古墳が現存しているそうです。
恋に苦しんだ男女の結末が、伝説として今でも残っているから不思議です。
古墳の全体像です。
乙女塚古墳への道案内が立っていました。
徳井神社でも80歳の男性が、地元の空襲の模様を詳しく語って
くれました。
昭和20年代は食べるものが全く無いので、ここ灘区では毎日毎日
大豆ばかり。。。。。。
JR六甲道に向って歩きます。
ここは小学校の校内です。
小説家 野坂昭如氏の母校である成徳小学校です。
成徳小学校の卒業生が当時の体験談を話してくれました。
疎開先から、神戸に戻って来たばかりの時に爆撃にあったそうです。
いよいよゴールのJR六甲道に到着しました。
歴史家先生の総括のご挨拶があり本ウオークは終了となりました。
歩く距離は少なかったけど、神戸大空襲の実際を見聞できたので、
とても良い体験でした。
来年も参加したいです。
2012年6月3日 神戸市灘区 JR六甲道

















