江戸戯作草紙/小学館 【校注編】棚橋正博 | 江戸秋葉原文芸堂
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( ´・ω・) 江戸戯作を読んだり、江戸時代関連のニュースピックアップをしたり。江戸文化歴史検定一級第三回最年少合格。

江戸戯作草紙/小学館
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へなちょこ文士おすすめ度 ★4,5


( ´・ω・) まずは詳しい目次を書きだします。見ての通り、豪華な絵師陣です。ラノベじゃないですが、絵師買いする人もいるんじゃないかってぐらいです。


目次

空前絶後の黄表紙三十年 棚橋正博

箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょう) 山東京伝=作 北尾重政=画 

不思議な戯作の魅力    田中優子

九界十年色地獄(くがいじゅうねんいろじごく)     山東京伝=作 鳥居清長=画 
日本文化と漫画       江川達也

人間一生胸算用(にんげんいっしょうむなざんよう)  山東京伝=作・画

日本人はなぜマンガをたくさん読むのか  フレデリック・L・ショット

桃太郎発端話説(ももたろうほったんばなし)      山東京伝=作 葛飾北斎=画 

黄表紙と落語         三遊亭円窓

御誂染長寿小紋(おんあつらえぞめちょうじゅこもん) 山東京伝=作 喜多川歌麿=画 

戯作の絵師たち        小林忠

黄表紙をマンガから見る   夏目房之介

懲りないギャグの精神 山東京伝の戯作と絵画  辻惟雄

戯作の巨星 山東京伝の世界 棚橋正博

あとがき



( ´・ω・) ご覧の通り、山東京伝の戯作を読み進めながら、各所に様々な方のコラム的な文章が挟まれているという構成です。丁寧でわかりやすい解説があるので、誰が読んでも大丈夫だと思います。


( ´・ω・) まずは、箱入娘面屋人魚。浦島太郎の世界と江戸の世界をごっちゃにした設定で、浦島太郎は乙姫に隠れて悪所に通い、鯉と恋に落ちます。なお、挿絵に出てくる人物は頭に魚を乗せていて、やり手婆の頭にはナマズ。中洲新地を歩いている男たちの頭にも、魚やらイカやらが乗っています。そして、鯉と太郎の間に生まれたのは、人魚。乙姫に知られてはまずいと、太郎は人魚を海に捨てます。


( ´・ω・) 時は流れ、ある日のこと。漁師の平次の船に、年頃になった美しい人魚が飛び込んできます。その人魚を女房にすることにすることになりますが、平次の家は、とても貧乏。人魚は気の毒に思い、生活を助けるために遊女となります。しかし、体の下半分は魚そのもの。女郎屋の主人がアレコレ考えてごまかして黒子を使って花魁行列をやらせたりなんだりしますが、結局は遊女になるのは失敗してしまいます。


( ´・ω・) 平次の家に戻った人魚。今度は、「『本草』に人魚を嘗めると千歳の寿命をえると書かれている」という話を聞いた平次によって「寿命薬 人魚御なめ所」を始めます。それが大当たりして、たちまちふたりは裕福に。長寿を願う人で連日大盛況。平次も人魚の魚部分を嘗めてみると、どんどん若返って、それが面白くて夢中になりすぎてしまい、ついに七つばかりの小僧になってしまいます。そこへ、浦島太郎と鯉が現れて、玉手箱を開けさせて、平次は、ちょうどよい年齢の若者になります。一方で、近所の若い連中が手をかけ、足をかけたがったせいで(ちょっかいを出したせいで)人魚の下半分の魚部分が、まるで袴を脱いだようにきれいに取れて、人魚は本当の人間になることができました。


( ´・ω・) こうしてふたりは仲睦まじく暮らし、7900年経った今も、京伝の隣の家に住んでいます……。めでたしめでたし。 ……いくつか場面を端折りましたが、だいたいこんな話です。荒唐無稽といえばそうですが、それをいっちゃあ、おしまいです。この滑稽さを楽しんでこその戯作ですね。


( ´・ω・) お次は、九界十年色地獄。京伝が『狂伝和尚』となって、色談義を始めます。娘が女衒に買われるところから始まり、遊女屋での苦難を地獄に例えていきます。


( ´・ω・) たとえば、ざんす(三途)の川の遣手婆、六道の辻に迷う苦しみ(どこの客へ行くべきか……金のある客、お得意の客、好きな客など)、餓鬼道の苦しみ(客との初会では目の前の料理を食べられない)、焦熱地獄(八月朔日、残暑の折の花魁道中)などなど。


( ´・ω・) いちいちパロディが面白くて、画も秀逸です。最後は、『極楽通土』『一寸先は闇だ如来』(笑)の登場で、遊女は救われます。後光の代わりに、小判を降らせながら(笑)。そして、闇だ如来の背後に飛んでいる天女は芸者です。この絵もいい味が出ています。闇だ如来、猪木舟背負ってますしね(笑)。これは画だけでも、一見の価値があります。


( ´・ω・) 次は、人間一生胸算用。隣に住んでいるケチで真面目で財を成した無次郎の体内に、小人のようになった京伝が入ってみると……? そこには、なんと擬人化した「気」と「心」と「目」と「耳」と「鼻」と「口」と「手」と「足」の姿が。


( ´・ω・) ケチがゆえに、おいしいものも食べず、女郎屋にも入らない生活に、ついに悪い「気」が正しい「心」を追い出し、吉原にいったりなんだりとみんなで好き放題を始めてしまいます。しかし、遊びに遊んで財産をなくしてしまい、最後は夜逃げするはめに。そこで、体内の京伝は迷子を捜す要領で「心」を探し出し、「善玉」に渡された聖人の遺書を「耳」に聞かせ・地獄の絵図を「目」に見せ・太神宮の清く潔き洗い米を「口」に食べさせ、仁義五常の縄をもって「手」と「足」を縛って、「気」を取り戻させると、無次郎は元の「心」を取り戻します。


( ´・ω・) そして、京伝が無次郎の体内から出てみると、堅物だった無次郎の様子が、なんと半可通風に(笑)。人間、ほどほどに遊び、ほどほどに働くのがよい……との教訓を含んでいます。おかしみの中に、ちょっとした人生訓みたいなのがあるのが黄表紙のいいところです。


( ´・ω・) 次は、桃太郎発端話。他の昔話を混ぜながら、桃太郎以前の話を作り上げていきます。おじいさん・おばあさん、いじわるばあさん、擬人化動物や化け物・鬼も登場。絵師は葛飾北斎(当時は春郎)。今までの作品と違って、遊郭だの洒落だの通だのはでてきませんが、これはこれで、よく物語を作ったと感心しました。


( ´・ω・) 最後は、御誂添長寿小紋。『命』をテーマに、戯画化。遊女を前に『命』を持って洗濯(『命のせんたく』)をしてたり、命型の傘を持って清水の舞台から飛び降りたり、医者に『命』を預けたり。


( ´・ω・) 最後は、「命の薬といふは、笑って暮らすほどの薬はなし。此絵草紙を御覧じて、笑ひ給ふ子供衆は、命が伸びて長くなり、命の置き所に困り給ひ、凧のように命のしつぽを糸巻に巻いておくほどのことなり。されば、初春の御進物・御年玉にも、この上のめでたき草紙はなし。まことに延命長寿の戯作なり。御評判、御評判」の文とともに、子供が命を凧のようにあげる挿絵で〆られます。巻末に、京伝の店が扱っていた読書丸の宣伝が載っていますが、いまの雑誌広告の走りみたいなものですね。


( ´・ω・) 以上、かいつまんで書きましたが、戯作は面白いです。ただし、受け手が、どこまでギャグ(くだらないもの)を許容できるかってのが大きいかもしれません。自分はくだらないのが好きなので、とても楽しめました。絵を楽しむという目的で見てみてもいいんじゃないかと思います。マンガと黄表紙を結びつけるコラムがある通り、黄表紙はマンガや絵本みたいなものですからね。ある意味で、ラノベ的なところもあると思います。絵師と戯作者が協力して作品を創るわけですから(京伝は絵も文章も両方やれますが)。