GW真っ只中なのに腰が痛いゴッチです
私はなぜ生まれたんだろう?
と誰もが1回は考えた事があると思います
どんなに考えても答えが出ない事です
こんなこと考える時って、自分自身のエネルギーが枯渇している
心が乾いている状態の時です
そう!今の自分には うるおい が無い
目指せ心の美肌美人!なんちゃって(*^▽^*)
冗談は置いといて・・・
自分が何故生まれてきたのかと言う元始まりを考える時、避けて通れないのが
人間を誰が創ったのか、、、多分ほとんどの人は
神様が人間を創った
と思うでしょう
僕もそう思うし、色々な宗教の原典にはそう書いてあると思います
じゃあね、神様が創ったと仮定して
創ったからには、創った理由が必ずあると思います
いや~ちょっと暇だったから、創っちゃった
て事はないと思います(^_^;)
何度も書いてきましたが
僕はIT業界に身を置くインフラSE兼講師ですが
ITエンジニアがお客さんに頼まれて 「システム」 を構築するときには
必ず 作ろうとしている 「システム」 に対して設計者の思いがあります
SEがシステムを設計するときには必ず必要な物
「設計思想」 = 「システムに対する設計者の思い」
がある筈で、これがはっきりしていない 「システム」 は
絶対に
利用するお客さんからは喜ばれません
人間は 「緻密」に「精工」に「とてもデリケートに」 創られていて
人間の最高の英知をもってしても 絶対に創れないもので
ん?クローン人間?
あれは、神様の知恵や力を借りて人間のコピーを神様に作ってもらっただけです
あと、私たちはよく
「子供を作る」
と言いますが、これは間違っていて 正しくは
「子供を授かる」
と言うのが正しいと思います。
むしろ、コウノトリが赤ちゃんを運んでくるという表現のほうがよっぽど正しいですよね^^
僕はこの表現、大好きです^^
「子供を授かる」と言う謙虚な気持ちがあるからこそ
「子供にとっては一度きりの人生」を親として真剣に
「子供と一緒に」考えていけるんじゃないでしょうか?
かなり、話がそれましたが、、、
「緻密」 に 「精工」 に 「とてもデリケート」
でも 人間が作ったどんな頑丈な物より 「強く頑丈」 に創られている人間だからこそ
宇宙より広く、人間の胸の内より深い
「 神様の人間創造にあたっての想い 」
があると思うんです
人間って誰もが
” 幸せになりたい ”
” 健康に暮らしたい ”
” 全てにおいて満たされたい ”
と思っていますが、そうなるためには・・・
人間が 「 神様の人間創造にあたっての想い 」 に副って生きる
それが、幸せへの道導であると思います
なぜ?そんな生き方をしなければならないのか?
別に神様の罰が当たる訳ではないんですよ(^^;
例え話で説明すると・・・
一人の陶芸家職人さんが ”綺麗な皿” を作りました
陶芸家職人さんは・・・
「私が焼いたこのお皿には綺麗に盛り付けた食材をおいてほしいなぁ・・・」
っていう感じのお皿を焼いた時の思いがあります
そんなお皿を
釘を打つための金槌として使ったらどうでしょう?
勿論、このお皿は釘を打つようには出来ていませんから
お皿は、たちどころに割れてしまいます
作った陶芸家職人さんの想いに副った使い方をしなかったので割れました
人間もそれと同じで
「 神様の人間創造にあたっての想い 」 に副った生き方をしないと
病気になったり
都合の悪い事情に見舞われたり
するんだろーなーって・・・・
思うわけでございます
~~ 幸せに生きるために ~~
~~ 神様の想いに副う ~~
~~ 神様の想いとは何でしょうか? ~~
~~ 神様には口がないので ~~
~~ 私たちが神様の想いを悟るしかなさそうです ~~
~~ その悟りを実践して ~~
~~ 後の世を生きる子供たちにそれを伝えていく ~~
~~ そうする事で人類はいつか幸せに暮せるんだろーなぁって ~~
妄想しました